【社会】ライバル候補者の街頭演説に突撃…爆音で音楽を流す“選挙妨害行為”が法的に制止できず、警告に留まる理由
【社会】ライバル候補者の街頭演説に突撃…爆音で音楽を流す“選挙妨害行為”が法的に制止できず、警告に留まる理由
2021年10月に発足した岸田文雄内閣は約2年半にわたる長期政権を築いていますが、内閣支持率は低迷を続けています。そのような状況を打破するためにも、岸田首相は3補選すべてを勝利したいと考えていたことでしょう。
しかし、自民党は東京15区と長崎3区で候補者を擁立できず、実質的に不戦敗を喫しました。また、自民党王国と言われてきた島根県での敗北は永田町にも衝撃を与えています。
このように話題に事欠かない3補選でしたが、世間的に注目されていたのが東京15区です。東京15区は江東区全域が選挙区で、9名が立候補者する乱戦になりました。
なぜ、東京15区が注目されることになったのか? 永田町や霞が関の取材歴が15年超のフリーランスライター・カメラマンの小川裕夫が現場取材を通じて見えてきた東京15区の情勢を解説します。
◆立憲民主党に追い風が吹いているわけではない
2024年4月16日告示、28日に投開票された衆議院議員補欠選挙は、冒頭で触れた通り東京15区・島根1区・長崎3区で立憲民主党が擁立した候補が当選を果たしました。
事前の情勢調査でも、立憲民主党候補者のリードが伝えられてきたことを踏まえると、選挙結果に驚くような点はありません。
自民党は裏金問題が収束せず、それらが大きく響いた形です。また、一時期は勢いのあった日本維新の会も大阪・関西万博の開催費用が膨れ上がり、それらを疑問視する声が強まっていた逆風に打ち克つことはできませんでした。
3補選は立憲民主党の勝利に終わりましたが、だからと言って岸田政権に決定的な打撃を与えたという雰囲気はありません。なぜなら、連立を組む公明党が動いたのは島根1区だけだったからです。公明党票が、どの候補に流れるのか? その行方次第で情勢は大きく変わります。今回の3補選は立憲民主党に追い風が吹いているというわけではないのです。
◆地盤が威力を発揮した「東京15区」
今回の3補選で筆者が注目したのが東京15区です。東京15区には、届出順に「福永活也(福永かつや)」「乙武洋匡(乙武ひろただ)」「吉川里奈(吉川りな)」「秋元司(あきもと司)」「金澤結衣(金澤ゆい)」「根本良輔(根本りょうすけ)」「酒井菜摘(酒井なつみ)」「飯山陽(飯山あかり)」「須藤元気」(※カッコ内は届出名)の9名が立候補しました。
福永候補は告示日に立候補の届出を済ませた後、エベレスト登頂のために日本を出国。実質的に選挙活動はしていません。
筆者は福永候補を除く8人の候補者の街頭演説を取材しましたが、東京15区の結果から見えてきたのは地盤が威力を発揮したということです。
◆組織的な後ろ盾がないのに健闘した須藤元気候補
立候補した9名のうち、当選を果たした酒井候補は江東区議を2期務めた実績があり、2023年11月の江東区長選にも出馬しています。
無所属で立候補した須藤元気候補は2019年の参議院議員選挙に立憲民主党から立候補して当選しましたが、党の方針に反発して離党。今回は無所属立候補し、組織的な後ろ盾がない中で2位と健闘しました。
これは須藤候補が江東区出身ということが大きく影響しています。須藤候補が街頭演説をしていると、通りがかかりの人たちが次々と握手を求めてきます。その中には、小中学校の同級生や先輩後輩という人たちが多くいました。格闘家としても知名度が高い須藤候補ですが、地元からの応援票も多かったのです。
3位の金澤結衣候補は2021年の衆院選で東京15区から出馬して落選。前回の選挙で落選後、金澤候補はほかの選挙に出馬するチャンスもありましたが、今回は雪辱を果たすことを目指しました。ほかの選挙によそ見することなく、15区での活動を継続。今回も当選できなかったものの、候補者乱立と低投票率という要因もあります。着実に支持が根づき始めていると思わせる結果でした。
◆多くの聴衆を集めたのに、票に繋がらなかった2人の候補
小池百合子都知事が全面的に応援していた乙武洋匡候補と、ベストセラー作家の百田尚樹さんが立ち上げた日本保守党から擁立された飯山陽候補は、街頭演説で多くの聴衆を集めるほどの人気を誇りましたが、それを票につなげることはできませんでした。
街頭演説は政見を広く訴える手段ですが、集まった聴衆は必ずしも選挙区の有権者とは限りません。実際、4月27日に飯山陽候補は豊洲駅前で街頭演説をしていますが、演説を始める前に、党首の百田尚樹さんが「この中に江東区に住んでいる人はいますか?」と支援者に問いかけていますが、手を挙げた人はわずかに数人でした。多くの人たちが東京15区外から応援に駆けつけていたのです。
選挙区外から応援に駆けつけることが、無意味というわけではありません。街頭演説に多くの支援者が集まることで、立候補者や選挙スタッフもやる気が出ますし、外部に「人気のある候補者」と思わせる効果があります。そうした雰囲気が、浮動票を掘り起こす効果を発揮することもあるのです。
◆自民党議員を批判したところで…
こうした選挙情勢とは別に、筆者は9名の候補者が東京15区ならではの政策や問題点を訴えないことに違和感を覚えました。多くの候補者は、話題になっている自民党議員の裏金問題や岸田政権の増税路線などを批判する内容に終始していたのです。
国政選挙ですから、国家全体の政策を論じることは大事です。しかし、東京15区から立候補しているのですから、やはり東京15区が抱える問題や政策についても言及し、東京15区から立候補する必然性を示してほしいのです。
そうしたなか、秋元司候補だけは江東区が抱える問題点や、これから江東区が発展するための政策、将来構想に言及していました。現在、江東区には豊洲と錦糸町を結ぶ地下鉄新線(豊住線)の計画があります。秋元候補は豊住線に言及し、江東区の今後のビジョンを提示。そのほかにも、東京15区に寄り添った政見を述べています。しかし、秋元候補は汚職事件のイメージを払拭できず、支持を広げられませんでした。
◆街頭演説スポットが分散する東京15区
東京15区補選は9名も候補者が揃ったので、筆者は告示日に街のあちこちで街頭演説に出くわすと考えてました。ところが告示日になって、そう簡単ではないことに気づきました。
というのも、東京15区は続々とタワマンが建つ豊洲、下町風情を色濃く残す門前仲町、JR総武線の駅があり交通の要衝となっている亀戸、区役所が立地している東陽町といった具合に、街頭演説スポットが分散しています。
これらの繁華街は鉄道で直接的に移動することが難しく、移動手段として頼りになるのは都営バスです。都営バスの発着本数が多いと言っても、鉄道とバスでは比べるまでもなく鉄道の方がフットワークに長けています。都営バスを駆使して、一人で闇雲に東京15区内を回っても目当ての候補者の街頭演説に遭遇することは困難でした。
また、昨今は立候補者がHPやSNSを駆使し、事前に街頭演説の日程を告知するのが一般的になっています。特に、SNSの拡散力は候補者の政見や知名度、人柄を知ってもらうツールとして大きな威力を発揮します。
それらHPやSNSをチェックすれば、9名の立候補者がどこで街頭演説するのか? といった情報をキャッチできると考えていたのです。
◆多くの候補者が街頭演説の日程を公表していなかった
ところが、今回の東京15区では多くの候補者が街頭演説の日程を公表しませんでした。私たちのような報道関係者は、常日頃から各政党本部や候補者の選挙事務所に足を運んでいます。そのため、各陣営の広報担当者から選挙日程を聞き出せます。また、現場で知り合いの記者から教えてもらうことも可能です。
しかし、一般有権者はそうはいきません。HPを見てもSNSを見ても、立候補者が街頭演説の日時が告知されていないのですから候補者の声を直に聞くことはできません。
例えば、立候補者が2名だったら選挙公報や各陣営が配布しているビラ・チラシなどで政策を吟味し、それで誰に投票するのかを決めることもできるでしょう。
ただ、チラシやポスターは候補者が掲げる“いいこと”しか書いていません。大事な一票を投じるには、やはり直に候補者と会い、話に耳を傾けることが一番です。同じ政策を掲げていても、直に話を聞くことで候補者がどれくらいの熱量を持っているのか?」「優先度はどうなのか?」を推し量ることができます。
◆本来なら街頭演説の日時をSNSにアップしているはずが…
一般の有権者が「街頭演説を聞きたいから、時間と場所を教えてほしい」と選挙事務所に電話をかけることは高いハードルです。SNSだったら、面倒な手間も必要なく、買い物ついでに聞いていこうという気持ちも沸きます。
候補者も、一人でも多くの有権者に自身の訴えを届けたいと考えています。本来なら街頭演説の日時をSNSにアップして、聞きにきてほしいと思っているはずです。
それにも関わらず、今回の東京15区では多くの立候補者が事前に街頭演説の告知を控えました。そのため、どこで街頭演説が実施されているのかわからない、ステルス選挙になったのです。
◆東京15区が「ステルス選挙」になった理由
どうして、東京15区はステルス選挙になったのでしょうか? その理由が、街頭演説をしている場所に他候補が乗り込んでくる事態が頻発したからです。
さほど広くない東京15区に、9人もの候補者が立候補しているわけですから、人通りの多い場所は熾烈な奪い合いになり各陣営がバッティングすること事態も発生します。過去の選挙でも、各陣営が場所取りを巡って諍いを起しています。候補者・陣営にとって、選挙は命懸けです。ですから、時にヒートアップして陣営間で諍いが起きることは珍しくありません。
今回の東京15区がステルス選挙になったのは、そうした陣営間の諍いが原因ではありません。つばさの党から立候補した根本候補が他陣営に“突撃”する選挙活動をしていたからです。
根本候補は他陣営の街頭演説に乗り込み、大音量で音楽を流して批判を繰り広げました。あまりの大音量のため、演説を聞きに集まったギャラリーに候補者の声は届かず、候補者たちはスピーカーの音量を大きくして対応しています。
それゆえに、街頭演説場所はスピーカーの大音量が響き渡るという、ちょっとした騒音地帯と化してしまったのです。
選挙は民主主義を支える根幹であり、それを妨害する行為は現代社会において許されることではありません。しかし、根本候補の突撃を制止することは法的にできず、警告にとどまっています。
そうした状況を受け、4月22日の国会審議では岸田文雄首相が一般論と断りながらも、「選挙演説を大音量で妨害するなどの行為には対策が必要」と述べました。また、翌4月23日には、松本剛明総務大臣が定例会見で処罰の可能性について言及しています。総務省は選挙を管理する立場の省庁ですから、総務大臣の発言は特に重要な意味を持ちます。各政党も公職選挙法の改正を示唆するなど、立法からの動きも出ています。
◆妨害の線引きは「かなり難しい」
筆者は約20年間にわたって、国政・地方を問わず取材してきました。それら選挙取材経験に照らしてみると、これまでの選挙でも “妨害”する行為は大なり小なり見られました。
なかには公職選挙法スレスレの巧妙な妨害をする陣営の動きも見ています。また、政党や政治団体の支援を受けていない独力で戦っている候補者に対して、政党や政治団体の力を駆使して邪魔をする陣営は想像以上に多いです。
そうした行為に対して、どこまでが妨害にならず、どこからが妨害になるのか? その線引きする判断はかなり難しいものがあります。
例えば、2019年の参議院議員選挙では安倍晋三元首相が北海道の札幌駅前で応援演説をしていましたが、その演説に対して2人が野次を飛ばしています。野次を飛ばした2人は、周囲の警察官に排除されています。この野次は“表現の自由”の範囲内であるとされ、排除した北海道警の行為は違法との判決が最高裁で確定しています。
◆街頭演説に足を運んだだけで犯罪者に?
こうした野次と拡声器を使った大音量の行動を同列に論じることはできませんが、どこまでが大音量の範囲になるのかは、個々の感性によるところが大きく、簡単に線引きができません。また、大音量での応援は許される行為なのに、大音量での批判はNGとなると、応援と批判の線引きもしなければなりません。それが難しいことは言うまでもないでしょう。
選挙取材をしていると、たまたま通りがかった人が大きな声を出して候補者を罵倒することは珍しくありません。それら全員を選挙妨害として罰することは非現実的です。
仮に罰することが可能になれば、立候補者が気に食わない人物を恣意的に排除できるようになってしまいます。最悪の場合、街頭演説に足を運んだだけで、犯罪者に仕立て上げることを可能にしてしまうのです。
もちろんそんな事態が簡単に起こり得るわけはありません。しかし、法的に可能ならば、それを悪用する人が出てくることも想定しておかなければなりません。
仮に公職選挙法を改正して妨害行為を明確化しても、それに触れない範囲で“妨害”が繰り返されるだけなのです。
◆選挙妨害は「古くて新しい問題」
今回、選挙妨害が話題になったのは、SNSや動画共有サイトという可視化されるツールが定着したからです。つまり、これはインターネット選挙による弊害でもあるわけですが、だからと言って「選挙にインターネットを使うことは禁止しよう」といった主張にも無理があります。時代を逆戻りさせることはできません。
東京15区の補選で改めてクローズアップされた選挙妨害ですが、これまでにも何度も議論された話でもあり、実は古くて新しい問題でもありました。
今回の東京15区では、突撃を回避するために街頭演説の日程を非公表にするという対策が取られました。しかし、街頭演説の日程を非公表にしても効果はなく、他陣営による突撃は続きました。街頭演説の日程を非公表にしたことは、有権者が候補者の訴えを聞く機会を奪っただけの結果になったのです。
◆乙武候補の訴えはピント外れだった?
そして、こうした選挙は大きな教訓を残しました。乙武候補は、選挙戦の途中から「公職選挙法を改正して、こうした妨害行為をできないようにしよう」と新しい公約を街頭演説で訴えました。
思うように選挙活動ができなかった心情は理解しますが、だからといって、政治家(もしくは政治家を目指す立候補者)が口にする公約ではありません。有権者の行動を制限することにつながるからです。
乙武候補以外にも、突撃を受けた候補者はいます。しかし、その候補者達たちから「公職選挙法を改正しよう」という声は出ていません。
突撃が選挙という民主主義を脅かす行為なら、公職選挙法を改正して強権的にギャラリーの行動を制限することも民主主義を脅かすことにつながります。
今回の3補選は、立憲民主党の候補者が全勝したいう結果に注目が集まっています。しかし、それ以上に選挙制度における問題点を炙り出し、選挙戦のあり方を考える出来事にもなりました。
<取材・文・撮影/小川裕夫>
【小川裕夫】
フリーランスライター・カメラマン。1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経てフリーに。首相官邸で実施される首相会見にはフリーランスで唯一のカメラマンとしても参加し、官邸への出入りは10年超。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)などがある Twitter:@ogawahiro