【国際】「過去最多の犯罪件数」を減らすにはどうすべきか…英ブレア政権が本当にやってしまった最悪のルール変更

【国際】「過去最多の犯罪件数」を減らすにはどうすべきか…英ブレア政権が本当にやってしまった最悪のルール変更

犯罪件数を減らすためには、まず根本的な原因を見極め、それに対処する必要があると思います。犯罪の背景にはさまざまな要因がありますが、貧困や教育の問題が大きな要因となっていることもありますね

政府の統計は本当に信頼できるものなのか。統計学者のジョージナ・スタージさんは「統計のデータは定義を変えると簡単に変わってしまう。実際にイギリス政府はブレア政権のときに『犯罪件数を減らす』という間違った目標設定のために、犯罪の定義を変えてしまった」という――。

※本稿は、ジョージナ・スタージ(尼丁千津子訳)『ヤバい統計』(集英社)の一部を再編集したものです。

■犯罪件数増加に悩んでいた英ブレア政権

トニー・ブレア首相は、ブリストル大学の学生たちの前で話していたとき、実際には自分が全国民に語りかけていることを自覚していた。「この国の未来」と題された一連の特別講演の一つとして企画された、犯罪と反社会的行動についての講演内容は、なんらかの方法で一般の有権者のもとにも届けられることになっていた。

そんなわけで、この講演が意図していたのは、「政権を握って9年目に入った労働党は、『犯罪に対して厳しい態度で臨む』という公約を忘れていない」と伝え、有権者たちを安心させることだった。

「犯罪への不安が、なぜ、昔よりずっと大きくなっているのでしょうか? その答えは簡単です」と、ブレアの声が響いた。「1997年(注:ブレアが首相に就任した年。この講演は2006年に行われた)の警察犯罪認知件数は、1900年の57倍だったからです。これは、人口増加の影響を考慮しても、29倍にもなります」。学生たちは熱心にメモを取った。

「社会が不安に思うのは、もっともなことなのです」とブレアは続けた。「自分たちは法律に従って正しく振る舞っているにもかかわらず、そうすることなく罰からも逃れる人を目にすることが、あまりにも多いのですから」。それゆえ「新しい労働党」は、「犯罪およびその原因に対して、厳しい態度で臨む」という公約を何年も前に掲げたのだった。

■過去最多を更新し続けた犯罪件数を減少に転じさせた方法

だが、問題なのは、公式犯罪統計データによると、労働党はこの講演が行われたころになってようやく、犯罪を削減するという約束を守れるようになったという点だ。じつのところ、この統計データによれば、ブレア首相率いる労働党政権の第一期における犯罪件数は毎年上昇しつづけ、しかも、同政権が発足してから6年目と7年目の犯罪件数は過去最多を記録した。

労働党政権に交代する直前には、「囚人を増やせ」という、マイケル・ハワード(注:ブレア政権に交代する前の保守党政権で内務大臣を務めた)の同様の取り組みが明らかに功を奏して、犯罪件数は減少傾向にあった。「犯罪およびその原因に対して、厳しい態度で臨む」というこのスローガンをブレアがつくりだしたのは1993年のことであり、有権者たちは彼がその約束を果たすと信じていた。

では、ブレアはいったいどのようにして、犯罪件数の急激な増加に「うまく」対処したのだろうか。

■「犯罪」の定義とは何か

「警察犯罪認知件数」とは、一定の期間と所定の場所において、犯罪が行われたと警察がみなした件数を記録したデータのことだ。イングランドおよびウェールズでは、1857年から収集と公表が行われてきたことから、このデータは「我が国で最も古くから集められている行政データセットの一つ」と呼ばれている。

だが、この犯罪認知件数のデータにも問題がある。いうまでもないことだが、犯罪というのは自動的に犯罪とみなされるわけではないという点だ。その出来事が犯罪に見えるか、またはそう考えられるかを判断する裁量を与えられた警察官たちによって、犯罪と認知されるのだ。

1980年代の終わり、保守党政権はビジネス界の教訓を公的部門に取り入れる実験を試みていた。警察もこの改革の対象となり、その仕事ぶりが細かくチェックされた。目標は明確には設定されなかったものの、この「ビジネス界に近い」体制では、記録に基づいた犯罪件数を抑えるための動機づけがなされた。

■現認しなければ「犯罪があった」とは軽々に認定できない

1997年に誕生した労働党政権は、目標を定めた。そうして、強盗、凶悪犯罪、自動車関連犯罪の件数を減らすために5年間で達成すべき目標が決められた。この取り組みだけでも、犯罪認知件数は削減されたはずだ。

だが、それに加えて、犯罪件数の数え方に関する新規則もほぼ同時期に導入された。それによって、罪種を分類する際の警察官の裁量の範囲が広げられた。

何かが犯罪であるかどうかについて議論の余地があるというのは、いったいどういうことなのかと、読者のみなさんは不思議に思われるかもしれない。

たとえば、犯罪が行われたとされる現場に、警察官が呼ばれたとしよう。現場にいる男性は、「路上強盗に携帯電話を奪われた。犯人は逃走してしまい、しかも残念なことに目撃者はいなかった」と語った。そのような状況で、警察官は犯罪が起こったかどうかを判断しなければならない。

警察官自身が目撃したわけではないので、入手可能な証拠と確実性の度合いに基づいて判断を下す必要がある。確認すべき点は、「被害者の男性が負傷しているか」「動揺しているように見えるか」「現場は路上強盗が多発する場所としてよく知られているのか」だ。

というのも、「この人物は単に携帯電話を紛失しただけだが、保険会社に不正な請求をするために、警察が発行する盗難届出証明書を入手しようとしている」可能性もあるからだ。

■「犯罪以外の騒動」に分類し直す

労働党政権が1990年代の終わりに犯罪件数の数え方に関する規則の第1回目の変更を行ったのは、犯罪かどうかについての「立証責任」を軽くするためだった。つまり、届け出た人物の話に疑わしい点があっても、はっきり証明できない場合は犯罪が起こったとみなすという意味だ。すると当然ながら、警察はより多くの事態を犯罪として認知しなければならなくなった。

しかしそれと同時に、特定の犯罪を減らすための目標が掲げられていたことから、「罪種の分類基準の変更」がなされる場合があった。たとえば、ある警察署の統計データによると、(件数の削減目標が設定されている)「車上荒らし」は27%減少した一方で、(削減目標が設定されていない)「車両への干渉」は407%増加していた。

背中を刺された人が発見された場合、犯罪が起こったことはほぼ間違いない。だが、正面を刺されている人だったら、自分で刺した可能性もあるのではないだろうか。認知件数を減らすための目標設定は、犯罪の認知を減らそうとする明確な動機づけになる。そうして、対応した事態を「犯罪ではない」と記録するか、犯罪と定義される事態以外のなんらかの騒動に分類すれば、犯罪の認知件数を減らせるのだ。

こうしたやり方を、犯罪学者たちはウサギを袖口(cuff=カフ)に入れて消す手品師の技にちなんで「カフィング」と呼んでいる。

■「目標設定」はデータを歪める原因になる

2002年にようやくこの問題への対処に乗り出した労働党政権は、立証責任の重さを元に戻すために、認知件数の数え方の規則を変更した。しかしそれでも、犯罪件数の削減目標や検挙率向上の目標があるかぎり、犯罪を「カフィング」しようとする動きは止まらなかった。

警察でようやくトップダウン方式による数値目標の設定が完全に廃止されたのは、2011年のことだった。2014年には、この問題に関して、政府が委託した報告書が少なくとも12件提出され、議会による調査が行われたことから、犯罪認知件数データの信頼性は地に落ちた。

最終的に、英国統計理事会(UKSA)は、犯罪認知件数データを「国家統計データ」リストから外した。だがそれでも、このデータは犯罪に関する主要な元データとして、いまなお利用されている。2021年には、警察の実績評価の指標として、犯罪認知件数が再び使われるようになった。

同年の7月に導入された「全国犯罪取締指針」に使われている、殺人件数と銃器による犯罪件数はまさに、警察犯罪認知件数データからのものだ。警察を傘下に置く内務省は、この指針について「数値目標ではない」とわざわざ強調しながらも、それと同時に、「3年以内に大幅な改善を期待する」とも述べている。

これは、目標以外の何ものでもない。ほんのわずかな圧力さえも、犯罪認知件数データを歪めかねないのだ。

■数値目標の設定で救急車が来なくなった

1990年代初めに沸き起こった、「高い目標を設定して達成させようとする」という動きの影響を受けたのは、警察だけではなかった。国民保健サービスも、意欲的な目標をしょっちゅう与えられた。そうして、職員たちは目標を達成するために業務のやり方を変えなければならなくなり、その結果、支障が生じることになった。

2010年代の初めに政府が掲げた、「予約から診療まで、かかりつけ医の待ち時間を短縮する」という目標は、その達成のために診療所が当日の予約制に切り替えるという、意図せぬ結果をもたらした。

つまり、「予約から48時間以内に診察しなければならない」のなら、それより前から予約を受けつけるなんてまったくばかげている、ということだ。だがそれは、診察を受けたい人にとっては、予約を確保するために当日の朝、2時間も電話をかけつづけなければならないという困った事態となった。

また、「救急車は呼ばれてから8分以内に到着する」という目標が設定されたとき、一部の救急サービスでは次々に入る出動要請により速く対応するために、救急隊員をバイクや自転車で向かわせた。ところが、病院に搬送する必要があると判断された患者の場合、バイクで運ぶのはとうてい無理なことから、待ち時間がかえって長くなるという結果となってしまった。

目標に到達するために、こういったかたちでうまく立ち回ろうとするのは、チーム精神に欠けているように思えるかもしれない。だが、声を大にして言いたいのは、当の本人たちは必ずしも望んでやっているわけではないということだ。

たとえば、地方のかかりつけ医の診療所で、目標を達成できなければ診療所自体が閉鎖に追い込まれかねなかったり、「ひどい」実績を理由に人員の解雇や削減を命じられる恐れがあったりした場合、「どんな手を使ってでも、目標を達成するしかない」と職員たちは思うのではないだろうか。

また、警察官にとっても、同僚の警察官が事件を「犯罪ではない」と処理することによってよい評価を得ていれば、自分一人だけ「カフィング」に反対し、同様の事件でほんの少しでも犯罪の匂いがしたら律儀に「犯罪」と記録することの利点が見つからない。

■目標達成のための「報奨」もまたデータを歪める

公共政策上の問題解決を推進するために、報奨を出す策を政府が実施したくなるのは当然のことかもしれない。だが、19世紀末に英国政府がインドにおいていた総督府は、毒蛇のコブラを捕まえて殺処分すれば報奨金を支払うと約束したことによって、「コブラ繁殖」という新たなビジネスを誕生させるはめになってしまったという。

繁殖業者たちはコブラ手押し車に山のように積んで、報奨金をもらいにきた。しかも、それが原因でコブラの数が大幅に増えてしまい、住民たちはいっそう深刻な危険にさらされることになってしまったのだった。

報奨が意図せぬ行動を起こさせてしまう事態は、不運な結果に終わったこの話にちなんで「コブラ効果」と呼ばれている。ここまで見てきたとおり、データを特定の方法で記録するよう人々に求めることによっても、この効果が生じる場合があるのだ。

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ジョージナ・スタージ 統計学
専門は公共政策の計量的分析。英国国家統計局の人口・移民統計に関する専門家諮問グループの一員。国会議員のために調査を行い、統計の利用法や背景情報を解説する上級統計学者。オックスフォード大学移民観測所の顧問も務める。2011年、オックスフォード大学卒業(英文学)。2013年、マーストリヒト大学修士課程修了(公共政策及び人間開発)。

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※写真はイメージです – 写真=iStock.com/deepblue4you

(出典 news.nicovideo.jp)

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