【国際】「40歳以下の世代」の怒りのわけは? 韓国総選挙で浮き彫りに…社会を揺るがす「若者たちの不満」とは
【国際】「40歳以下の世代」の怒りのわけは? 韓国総選挙で浮き彫りに…社会を揺るがす「若者たちの不満」とは
韓国で10日、総選挙(定数300)の投開票が行われた。最大野党「共に民主党」と衛星政党「共に民主連合」は計175議席、文在寅(ムン・ジェイン)政権で法相を務めた曺国(チョ・グク)氏が率いる「祖国革新党」12議席など、左派・進歩(革新)系が過半数を大きく上回る議席を占めて圧勝した。
尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の支持基盤、保守系与党の「国民の力」と比例区用の衛星政党「国民の未来」は108議席にとどまった。与党は選挙戦中盤で一時、過半数を獲得するのではないかという観測も出ていたが、しりすぼみの結果に終わった。
「長ネギ事件」が勃発
与党陣営としては、選挙戦を通じて、尹大統領のイメージを悪化させる事件が相次いだことが痛かった。その一つが「長ネギ事件」だ。尹大統領は3月18日、ソウル市内のスーパーを訪れた。そこで、長ネギ1束が875ウォン(約100円)で売られているのをみて、「合理的な値段だ」と言ってしまった。ソウルでは最近、長ネギの価格が3000~4000ウォンで推移している。875ウォンは特別割引価格だったが、尹氏はそれが「普通の値段」だと思ったらしい。
韓国では選挙のたびに、政治家が電車の運賃や卵の値段などを知らずに言及し、「特権階級」「世間知らず」という批判を浴びてきた。案の定、尹氏もSNSを中心に「庶民の生活を知らない」という攻撃を受けることになった。
また、「KAIST(韓国科学技術院)強制退場事件」も起きた。2月16日に大田にあるKAISTの学位授与式で尹氏が祝辞を述べている際、研究開発予算に抗議しようとして学生が大統領警護員によって連れ出された。野党陣営や若者から、連れ出し方が強引だとして「口をふさぐ行為」という批判を浴びた。
尹政権は「死に体」なのか
尹政権は現在、任期を3年残しているものの、韓国政界のなかでは「これから緩やかなレイムダック化(任期中の政治家が政治的影響力を失うこと)が進む」という見方が支配的だ。
まず、第一に国民の最大の関心事である経済分野で展望が開けていない事情がある。韓国銀行(中央銀行)が1月に発表した、2023年GDP(国内総生産)成長率は1.4%増にとどまった。半導体不況や物価高が影響し、22年GDP成長率の2.6%増からほぼ半減した。来年1月に米国でトランプ政権が再登場すれば、韓国は経済でも安全保障でも、ますます負担を強いられることになる。与党の国民の力が議会で過半数を占めることに失敗した以上、政権として主導権を握ることは難しい。
そして何より、今回の韓国総選挙の展開自体が、「尹政権のレイムダック化が進む」という予測を裏付けている。選挙が浮き彫りにしたのは、40歳以下の「怒れる人々(アングリーピープル)」の姿だった。彼らが怒る理由は「不公平」「不正義」だ。与党は、選挙戦の序盤で苦しい立ち上がりを迫られた。尹大統領の「不公平な姿勢」が嫌気されたからだ。
尹政権はこれまで、検察官のほか、尹氏の学歴である「ソウル大卒」の人物、「MBライン」と呼ばれる李明博(イ・ミョンバク)政権当時の幹部らを次々に起用してきた。極めつけが、妻の金建希(キム・ゴンヒ)女史の「特別扱い」疑惑だ。尹氏は1月、金女史がからむ株価操作疑惑事件を捜査する特別検察官任命法案に再議要求権(拒否権)を行使した。昨年11月には金女史がブランド品のバッグを受け取る隠し撮り映像がYouTubeで公開されたが、尹氏は直接の謝罪を避けた。
乱高下する支持率
ところが選挙戦中盤で、保守陣営が息を吹き返した時期もあった。韓国の世論調査会社リアルメーターが2月26日に発表した世論調査結果では、尹大統領の支持率が41.9%になり、昨年6月以来、約8カ月ぶりに4割台を回復した。このころの保守陣営では「過半数(151議席以上)の獲得も夢ではない」という威勢の良い言葉が飛び交っていた。この背景には、二つの事情がからんでいた。
一つは共に民主党の公認候補選びを巡る混乱だ。同党では、公認選びから漏れた議員らが「李在明(イ・ジェミョン)代表が党内の反対勢力を排除しようとしている」などと反発し、離党者が相次いだ。公認漏れした現職議員の多くが文在寅支持派らで、李在明代表と距離を置いていたため、「李在明氏が今後、(国会開会期間中は、議会の賛成多数が必要になる)逮捕を免れるため、自分の側近たちで党内を固めようとしている」という批判を浴びることになった。
もう一つの事情は、尹錫悦政権が2月6日に発表した大学医学部定員の大幅増員政策だ。韓国では「まともな医療が受けられない地方がたくさんある」と言われている。医師は自由診療で儲かる皮膚科や整形外科などに流れ、内科や外科、小児科などの診療科目の医師が不足する事態も招いている。有権者は「医師の不正義」をなじる尹政権の医療改革を拍手喝采して迎え、支持率が上向いた。
「不公平」に再び焦点
そしてさらに、選挙終盤になると保守陣営の支持が再び急降下した。リアルメーターによれば、尹大統領の支持率は2月第4週の41.9%をピークに、再び下降し始めた。3月第3週から4月第1週まで3週連続して36%台にとどまっている。国民の力も2月第5週には46.7%あった支持率が4月第1週には36%にとどまった。この間、共に民主党は同じ時期で比較した場合、39.1%から44.6%に上昇した。
これは、尹政権の「不公平」に再び焦点が当たった結果だった。尹政権は、職権乱用の疑いで捜査を受けている李鍾燮(イ・ジョンソプ)前国防相を駐オーストラリア大使に就任させたため、「捜査逃れだ」という批判を浴びた。李氏は結局、大使を辞任した。3月には、元KBS記者で、大統領室の黄相武(ファン・サンム)市民社会首席秘書官が舌禍事件を起こして辞任した。尹氏が側近を特別扱いする姿が「長ネギ事件」もあって市民の怒りを買い、「KAIST強制退場事件」で若者の反感を買う結果になった。
なぜ、40歳以下の世代は怒るのか
尹政権を悩ませているのが、比較的保守的な考えが多いとされる40歳以下の若い世代での不人気ぶりだ。リアルメーターの4月第1週世論調査によれば、尹大統領支持率は20代が32%、30代が33.9%。60代の同45.1%の7割強程度の数値だ。彼らの支持率は元々「保守的」と言われる傾向からか、40代の同23.6%、50代の同31.8%よりは高い。
ただ、40~50代は1980年代の民主化闘争の記憶を残す世代で、ほぼ「進歩支持」を変えない世代という特徴がある。韓国の40歳以下の世代は保守的とはいえ、その時々の「不正義」で怒り、支持層を変えるのだ。これが、韓国総選挙の期間中、保守と進歩の支持がたびたび変動した背景と言える。
では、なぜ、40歳以下の世代は怒るのか。ソウルに住む50代の男性は「それは、韓国の戦後の歴史と大きな関係がある」と語る。1960年代までの韓国は失業率の高い、世界の最貧国の一つだった。当時、ソウルに出張した元外交官は「街は埃っぽく灰色に見えた。みな、所在なげにゆっくり、うつむいて歩いていた。目的があって歩いているようにはとても見えなかった」と語る。
韓国人が「漢江の奇跡」として世界に誇る経済成長は、朴正熙(パク・チョンヒ)政権の開発独裁とともに、個々人の「自分は良いから、せめて子供を貧困から脱出させたい」という強い思いから実現したとされる。
「こんなに努力したのに、こんな就職口しかないのか」
「貧困からの脱出」としての手段が教育だった。韓国統計庁によれば、韓国の高校生の1日当たりの平均勉強時間は8時間を超える。ほとんどの高校生が通う学院(塾)では「高校生活の3年間は(大学受験に励むため)お前たちの人生から削り取れ」と言われる。激烈な競争は大学に入っても続く。少しでも良い就職を勝ち取るため、「スペック」と呼ばれる付加価値をつけるために皆必死になる。
知人によれば、韓国企業が求めるTOEICの最低スコアが700点以上。ソウル勤務時代の2017年ごろに取材した大学生は「良い会社に入りたかったら、900点くらいとらないとだめです」と語っていた。
韓国統計庁によれば、15~29歳の青年失業率は24年2月現在6.5%で、26万4000人の青年失業者がいる。この数値は24年3月時点での韓国全体の失業率2.6%の倍以上の数値だ。これは、「こんなに努力したのに、こんな就職口しかないのか」と怒る若い人々が多い結果だとされる。
政治家の娘の「不正入学」
だから、彼らは不公平な社会が許せない。今回の選挙で曺国氏が率いる祖国革新党が支持を集めたが、「既存の進歩派勢力が分裂しただけ。若い世代は見向きもしなかった」(韓国政界筋)という。曺国氏の娘が韓国の名門、高麗大学に入学する際、不正を働いたからだ。高麗大ではスキャンダルが出始めた2019年夏から毎週末、学内で「ロウソク集会」が開かれた。毎回、100人以上の学生が集まり、「不正を許すな」「娘は学園生活を楽しむ資格はない」と怒っていた。
この怒りは、大統領の妻としてセレブな生活を楽しむばかりで、女性の権利向上には動かない金建希夫人、自分たちの権利を守ることに汲々とする(ように見える)医師たち、自分の逮捕を免れるために党を私物化する李在明氏、大統領と親しいというだけで、専門分野でもない駐オーストラリア大使や大統領室市民社会首席秘書官に就任してしまう尹氏の側近たちに向かった。
一方、前出のソウルに住む50代の男性は、アングリーピープルの特徴の一つとして「若くて社会経験が浅いうえ、SNSを使いこなすため、直情的・爆発的に行動する傾向がある」と語る。これが、その都度の社会的な話題ごとに、支持する政党がコロコロ変わった理由なのだという。
世襲や多選議員が少ないワケ
これからの韓国は、アングリーピープルの怒りをすべて吸収できるほどの社会・経済基盤を作れないかもしれない。日本政府関係者も「すべての人に分配できるほどの経済規模や社会システムがないと、若い人たちの怒りは収まらないだろう」と語る。
韓国議員で、日本のような世襲や多選議員が少ないのは、もともと、こうした「不公平」「不正義」に怒る国民感情に配慮した結果だ。ただ、今回の総選挙の立候補者をみると、その実力はともかく、「各政党の実力者と近しい関係」から選ばれた人が多数いた。このシステムを変えない限り、尹錫悦政権のレイムダック化は止まらないし、若い人々の怒りが収まることはないだろう。別の日本政府関係者は「今後、この状態が続けば、人材の海外への大量流出現象が起きるかもしれない」と語った。
(牧野 愛博)