【社会】いまの政治家は巨大地震が起きても何もできない…「国民のために必死に働く政治家」が減った根本原因
【社会】いまの政治家は巨大地震が起きても何もできない…「国民のために必死に働く政治家」が減った根本原因
※本稿は、佐藤優・山口二郎『自民党の変質』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
■「殺人疑惑」にも耐えた岸田政権
【佐藤】私は、岸田政権は深海魚に似ていると思っています。支持率が20%台というのは、潜水艦でも圧潰(あっかい)沈没するくらいの水圧がかかる、かなり危険な深海にいるようなものです。なのに、岸田さんは平気です。まるで独自の生態系で生きているように見えます。
裏金問題のみならず、木原誠二元内閣官房副長官のスキャンダルもありました。木原さんの妻の元夫が不審な死を遂げ、その捜査に木原さんが圧力を加えたのではないかとする記事(『週刊文春』2023年7月13日号)が発端でした。
この案件は、今までの政治家のスキャンダルとは位相が違います。カネや下半身の問題ではなく、殺人が疑われたのですから。木原さんの妻を取り調べた元刑事(警視庁警部補)は、佐藤誠という実名を明かして記者会見を開き、「事件性がある」と断言しています。
官房副長官の周辺で殺人疑惑がスキャンダルのテーマになるのは日本の政治史上、きわめて稀です。しかし、岸田さんも木原さんも、そんな強い水圧に耐えました。やはり深海魚なのです。
■8年前、日本の有権者は「安定」を選んだ
政治をめぐり世論が騒ぐと、持ち出されるキーワードがあります。公明党の山口那津男代表がよく使う「安定か混乱か」です。たとえば2016年の参院選(第24回参議院議員通常選挙。7月10日投開票)に際し、彼は次のように述べました。
「今回の選挙は、自民・公明両党の安定政権か、民進(現・国民民主党)・共産などによる混乱か。日本の重要な進路を問う選挙です」
この時は選挙権が18歳以上に引き下げられた最初の国政選挙で、定数の半分(121)が改選されました。自公はともに議席を伸ばし(自民6、公明5増)、民進党は減らしました(13減)。有権者は「安定」を選んだことになります。では、今の野党はどうか。
たとえば立憲民主党が中核となって、かつての民主党のように政権交代ができるのかと言えば、とてもそんな状況ではありません。国民民主党も日本維新の会(以下、維新の会)も同様です。
■自公の対抗勢力は支持を得られるか
あえて挙げるとすれば、作家の百田尚樹さんがLGBT法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律。2023年6月16日成立。同23日公布・施行)に反対して立ち上げた日本保守党ですね(2023年10月設立)。
ここに杉田水脈さんや青山繁晴さんらがLGBT法反対の立場から同調し、自民党を離党して加われば、無視できない力になると思います。LGBT法には、参政党も反対の立場です。
すると、日本保守党と参政党を中心に維新の会、立憲民主党、国民民主党の一部が合流して自公の対抗勢力となり、政権交代を目指すという仮説も成り立ちます。しかし、それこそ「安定か混乱か」で言う「混乱」、というか「大混乱」になるでしょう。そう考えると、やはり有権者は「安定」を選択すると思います。
■欧米でも右派の新勢力が誕生している
【山口】安倍さんの存命中は、右派的なものを束(たば)ねる求心力が自民党にありました。安倍さんは、言わば右派・保守勢力のアイコンだったのです。おかげで自民党の衰弱を隠蔽できました。しかし安倍さんが亡くなり(2022年7月8日)、その求心力が消えたことで、日本保守党や参政党などの新しい右派勢力が、弾けるように誕生したということでしょう。
これは注目すべき変化ですが、世界的な潮流でもあります。
ドイツでは「ドイツのための選択肢(AfD)」、フランスなら「国民連合(RN。旧・国民戦線)」といった右派ポピュリズム・ナショナリズム政党が登場し、どちらも一定の支持を得て、6月の欧州議会選挙で躍進しています。アメリカでもトランプという特異なリーダーが共和党そのものを牛耳る──そんな構図になっています。
安倍さんには、後述する民主党政権(2009~2012年)の失敗を最大の資産にして、その資産を繰り返し利用しながら権力を維持した面があります。国会や党大会など、さまざまな場で「悪夢のような民主党政権」と連呼しました。
また2011年3月の東日本大震災を経て、日本経済がすこしずつ上向くと、円安誘導をして輸出企業を儲けさせ、株価も上昇しました。安倍さんの首相在任中(2012年12月~2020年9月)、日経平均株価は2.33倍にもなっています。経済界には好ましい政権だったと言えるでしょう。
■「モリカケサクラ」は風化していった
安倍政権時代には、今の裏金問題に通じるようなスキャンダルもありました。森友学園問題(国有地の売却価格決定に安倍晋三・昭恵夫妻が関与した疑惑。2017年)や加計学園問題(獣医学部新設の認可にあたり、安倍内閣が便宜を図ったとする疑惑。2017年)、「桜を見る会」問題(招待者の人数・前夜祭の参加費などをめぐり、公職選挙法違反と政治資金規正法違反が疑われた。2019年)の3件、いわゆる「モリカケサクラ」です。
メディアや野党は安倍さんを厳しく糾弾・追及しましたが、安倍さんは「いつまで拘っているのだ」と言わんばかりに、追及を無力化して逃げ切ります。「モリカケサクラ」は次第に風化し、人々の記憶から消えていきました。政治的スキャンダルをごまかすという点で、今までにない現象です。
ところで、本書で裏金問題に関し、私は「政治とカネをめぐるルールの改革が定着した」と述べましたが、いっぽうで選挙制度の改革は、自民党の政治家たちの“足腰”を弱めたと思います。
■政治家の足腰を弱めた「自民党公認」
1994年に公職選挙法が改正され、2年後(1996年)の衆議院議員総選挙から小選挙区比例代表並立制(以下、小選挙区制)が導入されました。
小選挙区で自民党の公認を得れば、衆院選ではかなりの確率で当選できます。しかも2012年に自民党が政権を奪還して以降は、野党が自滅・分裂していますから、「自由民主党公認」の看板が重みを増しています。裏を返せば、選挙戦で個々の政治家の運動量・熱量に負うところが少なくなったわけで、それが彼らの“足腰”を弱めたのです。
政治家の足腰が弱まり、劣化したことは能登半島地震(2024年1月1日発生)の災害対応からも見て取れます。政治家の動きが鈍い印象を受けるのです。
東日本大震災の時、自民党は野党でしたが、それまで培ってきた地方の基盤があったので、さまざまな業界団体を動かして復興支援活動にあたったり、地元の声を吸い上げて政策提言したりするなど、民主党政権のできない部分を補完しました。
当時の自民党総裁・谷垣禎一さんは菅直人首相に、震災特命大臣の設置をはじめとする167項目の「第一次緊急提言」をしています(2011年3月30日)。
■災害時こそ、政治家の腕の見せどころだが…
しかし13年が経過した今、政治家と地元選挙区との繫がりは希薄になり、政治家自身も無関心になってきました。地震のような自然災害にかぎりませんが、国民の緊急事態にこそ、精力的に地元を回って要望を聞き、政府・役所に伝える──それが政治家の腕の見せどころであるはずなのに、実に嘆かわしい。
余談ですが、岸田さんが夏休みに書店に行き、本を買ったというニュースがありました(2023年8月11日)。岸田さんが購入した書籍は『アマテラスの暗号』(伊勢谷武著)、『街とその不確かな壁』(村上春樹著)、『世界資源エネルギー入門主要国の基本戦略と未来地図』(平田竹男著)、『地図でスッと頭に入る世界の資源と争奪戦』(村山秀太郎監修)、『まるわかりChatGPT&生成AI』(野村総合研究所編)などです。
これらの本がどうだとは申しません。ただ岸田さんと同じ宏池会でも、昔の政治家は難解な人文書を読み、読書量も教養も豊かでした。非常に勉強していたのです。こうしたところにも、私は政治家の変質を見る思いがします。
■「暴力的なオーラを持つ政治家」が消えた
【佐藤】同感です。政治家は変質しましたね。
まず政治家が官僚的になり、逆に官僚が政治家的になりました。私は政治家に暴力性を感じなくなりました。たとえば、鈴木宗男さん(新党大地代表。元北海道開発庁長官)や野中広務さん(元内閣官房長官)、梶山静六さん(元内閣官房長官)には、下手なことを言うと「殴られるのではないか」と思わせる、暴力的なオーラがありました。
その迫力で官僚を威圧していたのですが、今の政治家にはほとんど見当たりません。強いて言うなら、武田良太さん(菅内閣で総務大臣。第四次安倍第二次改造内閣で国家公安委員会委員長)と二階俊博さん(元経済産業大臣。安倍・菅内閣で自民党幹事長)くらいでしょうか。
山口さんが言われるように、選挙戦の荒波に揉まれていないから、政治家から迫力が失われたのかもしれません。
■“話し逃げ”する品のない自民党議員
それから、特に自民党の政治家に、品(ひん)のない人が増えました。公明党の選挙集会に、自民党の政治家が応援演説でやって来ます。ところが15分の演説を終えると、さっさと帰ってしまう。集会の最後までいない“話し逃げ”です。
集会が終わるまで会場に残り、応援を受けた公明党の政治家や公明党支持者たちと「がんばろう」と握手するのが常識でしょう。途中退席するのは常識を欠いた、品のない行為です。
公明党の集会場所に15分だけ顔を出し、あとは自分の選挙区を回るとしても、大した数の有権者と話し込めるわけではありません。それよりも、会場に来ている1500人の創価学会員を中心とする公明党支持者に丁寧に対応したほうが、はるかにメリットがある。そんな計算もできないのは、政治家が変質・劣化した証左です。
ちなみに、創価学会員の感覚では、聖教新聞を「取っています」と「読んでいます」は違います。創価学会についてどこまで勉強しているのかを相手に求めるのです。
創価学会の会合に他宗派の数珠を持って参列し、学会員の神経を逆なでした自民党の政治家がいました。その政治家は勉強不足で地雷を踏んだわけですが、他者の「内在的な論理」を理解しようとする姿勢に欠けています。
これは政治家として、有権者の気持ちになって考えることができないことと同列ですし、そのような人が外国人と国益をかけた交渉ができるとは思えません。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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法政大学法学部教授
法政大学法学部教授。1958年生まれ、東京大学法学部卒業。同大学法学部助手、北海道大学法学部教授、オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員などを経て現職。専門は行政学、現代日本政治論。著書に『民主主義へのオデッセイ』、『日本はどこで道を誤ったのか』など。
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