【社会】正露丸で実際「寄生虫アニサキス」は死ぬのか?世界で初めて確認した研究
【社会】正露丸で実際「寄生虫アニサキス」は死ぬのか?世界で初めて確認した研究
ラッパのマークの正露丸というと、日本では広く知られている一般的な胃腸薬ですが、この正露丸でアニサキス症が解消されるという噂が存在します。
実際正露丸でアニサキスの活動が抑制したという報告もありますが、ネット上では専門家による否定的な意見も多く、実際の効果は不明確でした。
高知大学理工学部の研究グループは、正露丸がアニサキスに対する殺虫効果を持つのかどうかを、細胞の生死判定を行うトリパンブルー染色液を使って調査。
結果、正露丸を溶かした液は実際にアニサキスを殺していて、胃液でも分解できる状態にしていることがわかりました。
アニサキスは基本的に殺虫法がなく、外科的に取り除くしかないとされているため驚きの報告です。
研究の詳細は、『Open Journal of Pharmacology and Pharmacotherapeutics』へ2021年7月22日に掲載されています。
目次
- 刺し身好きにとって恐怖の寄生虫アニサキス
- 正露丸はアニサキスを確かに殺している
刺し身好きにとって恐怖の寄生虫アニサキス
日本人にとっては欠かせない食文化である「お刺身」。
しかし、サバやカツオといった魚介類にはアニサキスという1~3cmほどの厄介な線虫が寄生しています。
このアニサキスをそのまま食べてしまうと、奴らは胃や腸の粘膜に頭を突き刺して暴れまわり、激しい腹痛やアレルギー症状を起こします。
ひどいときには消化管の壁を食い破って腹腔へ入り込んだ症例も存在しています。
このアニサキス症の被害は、年々増加傾向にあり、日本では2018年に報告された食中毒の症例の35%がアニサキスによるものだったといいます。(Watari et al.,2021)
しかも現在、このアニサキスを殺す特効薬は存在しないとされており、体内に入り込まれた場合、病院で内視鏡を使って外科的な方法で摘出してもらうしかありません。
そんな話を聞くと、私たちも安心して「お刺身」が食べられなくなってしまいそうです。
ところが、実は2011年にドイツの医学雑誌『Hepato-Gastroenterology』に、正露丸でアニサキス症が緩和されたという2つの症例が報告されます。(Sekimoto et al., 2011)
この論文では、「2つのケースで、正露丸を経口摂取したアニサキス症の患者が、数分で強い上腹部痛を鎮静化した」と報告している他、試験管実験(in vitro研究)でも正露丸に曝露したアニサキスの幼虫が活動を抑制させたと報告していました。
ただ、この論文では完全にアニサキスに正露丸が効くことを証明できてはいなかったため、世の中では半信半疑に聞いている人がほとんどで、「ひょっとしたら応急処置にはなるのかもね」、というニュアンスで伝えられるだけでした。
そこで、今回高知大学理工学部の研究グループが、「正露丸がアニサキスを麻痺させているだけなのか、殺虫効果があるのか」という問題を明らかにしようと研究を行ったのです。
正露丸はアニサキスを確かに殺している
これまでの研究では、アニサキスが薬剤処理で動きを停止した場合、1~2日経っても再度動かなければ「死んだ」という曖昧な判定をしていました。
しかし、これでは科学的な証拠とは言いづらいものがあります。
そこで、今回の研究者たは、死んだ組織に反応して青色に染まるというトリパンブルー染色液を使ってアニサキスの生死判定を行う実験をしたのです。
研究では通常服用量の正露丸を溶かした液にアニサキスを30分浸し、活動の停止を確認してからトリパンブルー染色を行いました。
するとアニサキスは濃い青色に染まったのです。
これはすなわち、正露丸によってほとんどのアニサキスが死ぬことを示しています。
また、生きたアニサキスは胃液の消化酵素に分解されることがないため、体に入ると1週間近く生存し続けます。
しかし、正露丸液に30分浸したアニサキスは、胃液と同じ濃度の消化酵素(ペプシン)に浸した際、24時間以内に分解が始まったのです。
下の動画は研究者がYou Tubeに投稿した、アニサキスが正露丸と胃の消化液で分解される様子です。
これらの試験管実験(in vitro研究)の結果からは、アニサキスの幼虫が、広く入手可能な胃腸薬である「正露丸」の通常用量を経口摂取するだけで、殺すことができる可能性を示しています。
研究者はこの正露丸のアニサキス殺虫効果は、正露丸の主成分である木クレオソートが、アニサキスのアセチルコリンエステラーゼという酵素を特異的に阻害することでもたらされると予想しています。
正露丸は、もともとは「征露丸」と表記された日露戦争時代に遠征する兵士に持たせた歴史ある古い薬です。
それが現代でもまだ見つかっていなかったアニサキス症にもある程度有効かもしれないというのは、本当に驚きです。
研究者は論文の最後に、「私たちの知る限り、これはアニサキスの幼虫に対して強い殺線虫活性を持っている薬の最初の報告である」と述べています。
ただ、これはあくまで試験管試験の報告のため、アニサキス症の応急処置にある程度なる可能性はありますが、アニサキス症は医療機関で外科的に取り除いてもらうことが現在唯一の治療法であることは理解しておきましょう。
参考文献
正露丸が寄生虫アニサキスを殺す:世界初の特効薬か(論文navi)
https://ift.tt/wzi8LmC
元論文
Over-the-counter medicine (Seirogan) containing wood creosote kills Anisakis larvae
https://ift.tt/gNW0hIo
ライター
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
編集者
やまがしゅんいち: 高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?