家賃は折半なのに「家事は女がやるもの」なの? 皿洗い、料理、引っ越しの手続き…同棲中の彼氏との“家事”をめぐるバトル
家賃は折半なのに「家事は女がやるもの」なの? 皿洗い、料理、引っ越しの手続き…同棲中の彼氏との“家事”をめぐるバトル
家賃は折半なのに「家事は女がやるもの」なの? 皿洗い、料理、引っ越しの手続き…同棲中の彼氏との“家事”をめぐるバトル | ニコニコニュース
『あのこは貴族』『ここは退屈迎えに来て』など、数々の作品を世に送り出してきた作家の山内マリコさん。
ここでは、山内さんが2013年から2017年まで雑誌 『an・an』に連載していた同棲や結婚に関するエッセイをまとめた『結婚とわたし』(筑摩書房)より一部を抜粋してお届けする。
20代後半で始まった同棲生活。立ちはだかった壁は「家事分担の不平等」だった――。※〈〉内は文庫化にあたり加筆された、筆者による後日談。(全3回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
同棲、はじめました
すべてのはじまりは2009年。あの夏のことは忘れもしません。彼氏はおろか男友達の一人もおらず、文学的ニート状態だったため気軽に話せる同僚的な男性もいないという日々が3年続いた夏のある朝。自分の20代がこのまま、ビキニの1つも着ることなく終わろうとしているのだと気づき、わたしは死に近い恐怖を感じました。
永遠に終わらない気がしていた有り余る若さの日々が、終わりかけているなんて―。
根っからの文化系のため、部屋にこもって愛猫チチモを撫でながら、映画を観たり本を読んだりしていれば幸せだったものの、気づいたら20代最後の年。わたしはようやく内なる声をはっきりと聞いたのでした。
「彼氏が欲しくて死にそうだ」
恋愛至上主義ではないものの、体の底から突き上げてくるピュアな欲求はもはや自分の手に負えない。圧倒的に遊び足りていないことにはたと気がつき、急に若さが惜しくなり、焦りに焦ったのでした。
とりあえず取っ付きにくいビジュアルをなんとかしなくてはと、チャラくなることを決意。「ミステリアス」と褒めそやされたこともある黒髪ロングヘアーを軽薄な茶色に染め、死守してきた耳たぶにピアスの穴を空け(そしたら彼氏できるって聞いたから)、複数の男性とお食事などをし、慣れない夜遊びもし、海にも行き、花火にも行き、思いきり自分を見失って駆け抜けた、夏の終わりに彼氏ができました。大学時代の同級生と、卒業して5年も経ってから交際をスタートさせることになったのです。
当初の予定では交際3ヶ月で20代のうちに電撃結婚するはずでしたが、ずるずる2年つき合ったところで東日本大震災が起き、一人暮らしは危険との防災意識から一緒に住むことが決定。二人とも地方出身者ゆえ、頼れる身内のいない東京での暮らしにちょっとでも安心感を、というセーフティーネットとしての同棲生活がはじまりました。なんだかんだで更に2年が経ち、その間にわたしは小説家デビュー。フリーランス稼業で自宅で仕事をしていた彼氏も勤め人に。しかし、婚約指輪を差し出す素振りは微塵もありません。
こう書くと、「早くプロポーズしてよ~」と思っているように誤解されるかもしれませんが、結婚に対するわたしのスタンスは非常にシビアなので、そういうわけでもないんです。したいような、したくないような……。
そんなエブリデイの同棲よもやま話をしたためようと思います。
自由への逃走
同棲よもやま話を書きます、と前回宣言していたのに、これを書いているいま現在、1人でホテルに宿泊中です。同棲2年目、作家になって1年目のわたしは、ここ最近ホテルに家出する技を会得しました。しかも一人暮らし時代からの連れ猫、チチモの世話を彼氏に押し付けての脱走です。
原稿の執筆は主に近所の喫茶店、天気や気分次第で家に引きこもったりという感じで、最近は平日週末の区別なく励んでいます。ですが勤め人の彼氏は土日が基本的にオフ。昼過ぎに起きてソファでゴロゴロ、録りためた『タモリ俱楽部』や『ゴッドタン』を見てバカ笑いし、ちょくちょく仕事部屋のドアを開けては、用もないのに話しかけてきます。「一人で出かけて来れば?」と追っ払うと、路頭に迷ってパチンコに行ったりスーパー銭湯で垢すりしてもらったりと、なんか会社以外に居場所のない中年男性っぽいことに。そんな彼氏に部屋を譲り、パソコンを持ってカフェに逃げるも、週末は浮ついた客層で混雑しているし、もたもたしてると腹が減って夕飯問題(家で食べる? 外で食べる? 家で食べるなら誰が作る)が浮上してしまう。そうなったらもうおしまいだ。
そこで、金曜の夕方あたりに都心から離れた安いホテルに部屋を取り、「帰りは月曜になります☆」とメールを送りつける強硬手段に出るようになりました。本当は自分も土日に休めるよう、仕事のリズムを作れればいいのですが。
ともあれ、ホテル生活は極楽です。「掃除してください」の札をドアノブにかけて朝食を食べに行き、部屋に戻ると「魔法でも使ったの」というくらい完璧にクリーンな部屋に復元されているのです。食事の用意も掃除も誰かがやってくれる、その幸せを嚙み締めて、わたしはちょっと泣きました。
同棲してみて痛感したのは、なにより家事負担の重さ。とにかくまあ面倒くさいです。一人が二人になったことで面倒くささは2倍になり、相手が彼氏、つまり男性であることで、その手間はなぜか3倍くらいに跳ね上がる。だからこそ週末のホテル暮らしで掃除済みの部屋に戻ったわたしは、感動に打ち震えたのです。家事を誰かにやってもらえるって最高。なんて幸せ! ルララ~♪
すると突然、窓の外からパパパパ~ンと“ゼクシィ〞のラッパの音が。鳴り渡る鐘と結婚行進曲に「げ!」と思ってカーテンを開けホテルの中庭を覗くと、チャペルウエディングがおっぱじまってるではありませんか。2年の同棲生活ですっかり心が荒んだわたしには、シルバーグレーのタキシードを着てみんなから祝福されている新郎が、モンスターに見えました。家事負担を3倍増にする、男性という名のモンスターに……。
〈作家が原稿執筆のためホテルや旅館に押し込められることを「缶詰」といいますが、わたしは自主的に(自腹で)缶詰になってました。同棲時代は荻窪に住んでいたので、定宿はいまはなき吉祥寺第一ホテル、この回で泊まったのは立川にあるホテル。20代ずっと暇だったのに、作家デビューしていきなり忙しくなり、てんてこ舞いの日々でした〉
引っ越し事件
結婚式の準(?)主役である新郎を、よりにもよって「モンスター」と言い放つほど、男性を見る目が歪んでしまったことについて語らせてください。あれはそう、同棲直前、部屋探しをしていた日々に遡ります。
飼い猫を抱えての部屋探しは常に前途多難。アニマルに不寛容な世知辛い住宅事情は周知の通りですが、築年数の古い部屋なんかは交渉次第で入居OKのところも結構あり、これまでガチンコ戦法でボロアパートを渡り歩いてきました。同棲ってことで家賃の予算も上ったし、いい感じの部屋を探すぞ~とウキウキ気分で彼氏に「不動産屋いつ行く?」と聞くも、仕事が忙しいとかで、まず予定が立ちません。この時点で「彼氏と一緒に不動産屋巡りをして、最高の物件を見つける」という淡い夢はぶち壊しになり、不動産屋に行けない代わりに彼氏から、めぼしい物件の検索結果がメールで送られてきました。
メールに貼り付けられた大量のURL。それらはたしかにどれも洒落ていていい感じです。が、その一件一件にペット可にならないか交渉するのはこのわたし。そして彼氏提案の部屋はすべて、ペット不可との返答でした。
長くなるので詳細を端折ると、ネットで検索し直して部屋を見つけたのもわたし、内見を申し込んだのもわたし、内見行くぞと彼氏の尻を叩いたのもわたし、引っ越しの見積もりで営業の人と熾烈な価格交渉をしたのもわたし、ガス水道などの手配をしたのもわたし、引っ越し当日、業者のおにいさんたちを相手にあれこれ指示を出したのもわたし、わたしわたしわたし……。とにかく引っ越しに関してのなにもかもを、いつの間にかわたしがやっていました。
そのころは文学的ニートという名の暇人だったので、自分が稼働するのは当然と思っていたものの、やっぱり腑に落ちません。なんかすごく嫌だこの展開! と、モヤモヤしたわだかまりができました。
引っ越し事件から見えてきた彼氏の習性はこの3点。
・基本的になにもしない
・そのわりに口は挟んでくる
・感謝の言葉が足りない
そう、引っ越しの時点で、のちの同棲生活でわたしが彼氏に抱く不満のすべてが出揃っていました。そしてこの日を境に、わたしは「男性とはなんぞや?」という迷宮に入り込むことになり、今後連載が続く限り、長々と、くどくどと、その研究成果を報告していくつもりであります。
兎にも角にも、デート期間中はギリ保たれていた思春期恋愛めいたふわふわした世界観は、同棲をはじめて以来「生活」という魔物によって強制終了したのでした。まだ結婚もしてないのに。
そして以降、それまでいいところを見せていた彼氏の化けの皮が剝がれ、もちろんわたしのもボロボロと剝がれまくり、ついにあの悪名高き、皿洗い戦争が勃発するに至るのです。
〈個人を性別に一般化して「女は」「男は」で語る行為は、「主語がデカい」と評されることもしばしば。ですがこのエッセイでは、ジェンダー的に自分が女で、相手が男であるがゆえに起こる衝突を書くことに意味があると思い、相手を「彼氏」(結婚後は「夫」)という一般名詞で書いています。
とはいえ、完全な一般人である彼氏の非を、わたしの側から一方的に描いて世間に発表するのはどうなんだろうと、単行本では公正を期するべく個別にページをもうけ、『男のいいぶん』として彼氏に原稿を数本、書いてもらいました。この文庫版は単行本と構成を大きく変えたため、個別ページはやめて、この後日談パートに内容が対応している箇所を引用していきますね。
ちなみに引っ越し事件に関しては、「同棲初期の彼女は客観的に見て無職」「どう見てもヒマそう」「こちとら仕事しながら精一杯やっていたんですよ」とのぼやきが。物書きの配偶者がエッセイなどで私生活を晒されることはプライバシーの侵害でもあり、わたしも最近はセーブするようになりました。でもそうすると、「いる」のに「いない」ことになってるという、存在が不可視化されてしまう問題が出てきて……扱いが難しいよ!〉
皿洗い戦争
皿洗い……その類まれなる面倒くささは筆舌に尽くしがたいものがあります。わが国において洗濯機などよりはるかに開発が遅れた食洗機は、いまだ各ご家庭に完備されていない状況が続いています。もちろんうちにもありません。いや、検討に次ぐ検討を重ねた末、導入をあきらめたのです。
これでも同棲前に、ケンカの火種になるような家事の負担を最新家電で取り除こうと、いまどきのカップルらしいことを考えていました。掃除はルンバにお任せしようとか、食洗機を買おうとか。しかし結局、そのどれも買わずに今に至ります。理由は単純、キッチンも部屋も狭いから。そんなわけで皿洗いは、100年前と同じ手動で行われることが嫌々ながら決定したのでした。
ここでちょっと話が逸れますが、わたしと彼氏が支払う家賃は同額、完全に折半です。つい去年までは小説家の卵で収入がなかったといっても、彼氏が“糟糠の妻”よろしくわたしを金銭的に支えていたわけではありません。あまり大きな声では言いたくないのですが、わたしは両親のスネをしつこくかじりつづけて生きていました。
家賃・食費・光熱費は彼氏と同じ金額を払うことだし、家事の分担も対等なのは至極当然。あらかじめ話し合って彼氏も「やるやる」と言っていたにもかかわらず、いざ蓋を開けてみると、彼氏の家事稼働率が5割に達したことは数えるほどしかありません。自分の中に“尽くす女”要素は皆無、なのに「家事は女がやるもの」という悪しき刷り込みのせいで、流しに汚れた皿が山積みになっていると軽い罪悪感が頭をもたげ、渋々、わたしは食器洗いスポンジを握るのであった。
一方、彼氏はごはんを食べたあと、床で涅槃のポーズをとりながらテレビタイムに突入していて、なんか笑い声とか立てています。わたしが皿を洗いながら背中から轟々と放つ殺気に気づきもせず、「アハハハ~」といい気なもんです。その瞬間、わたしの心に湧いた感情を、憎しみと言わずなんと言おうか。皿洗いが終わると、彼氏は一応申し訳程度の礼を言いますが、金でももらわなきゃこのモヤモヤは収まりがつきません。イラつきのあまり、ヤンキーのようにメンチを切るわたし。きょとん顔の彼氏。部屋中の空気がピリつきます。荒んだ日々の幕開けです。
〈家賃が折半なだけでなく、マンションの契約書も連名で作ってました。「絶対そうした方がいい」と、母から助言を受けて。たしかに連名契約じゃないと、一方が居候ってことになってしまう。それは危険だ。
単行本のタイトルが『皿洗いするの、どっち?』だったので言い出しづらかったのですが、このあと引っ越したマンションには食洗機が付いていて、皿洗いから解放されました。日本の食洗機の普及率は、2022年の段階でも約35%だそう。かつて洗濯機など主婦の手間を軽減させる画期的な家電が登場したとき、「女が働かなくなる」と言って買い渋る男性がいたそうですが、皿洗いに関しては今もその認識なのかも〉
お料理問題
はっきり言って料理が苦手です。下手です。ただ単に下手なんじゃなくて、料理センスというものがまるでありません。センスどころか作る以前の問題が多すぎて、どこから書いていいかわからず途方に暮れています。
まずわたし、筋金入りの偏食で、子どものころから野菜全般が苦手。給食の時間は地獄でした。ドレッシングのかかっていないレタスを無理やり口に押し込めながら泣いてました。そして少食のため、すぐお腹がいっぱいになってしまう。ただし食い意地は人一倍張ってるから、不完全燃焼感だけが残るという……。
大人になってからはだいぶマシになりましたが、いまでも定食やお弁当を完食できるのは快挙の部類で、一人暮らし時代は基本的に白米と納豆で栄養を摂ってきました。
野菜だけでなくスイカもメロンもダメ。甘いものの許容量も少なく、パフェは3口くらいで「もう充分」となる。人と同じものを美味しいと思えないことが、性格が歪む大きな原因であったことは間違いありません。そして一度気に入ったものを、飽きるまで延々食べつづけるという謎の習性があります。
そんなわけで、同棲生活をはじめるにあたっていちばん頭を悩ませたのが、ほかでもなく毎日の食事でした。まず第一に、彼氏に料理が下手ってことがバレるのが嫌。
なにしろ奴ら(メンズのこと)は結婚相手の条件に「料理がうまいこと」をぬけぬけとした顔で挙げ、結婚したあかつきには毎日ただで美味しいごはんを作ってもらえると思っている傲慢な生き物です。彼氏に料理が下手なことがバレてはならぬ! その一念で、デート期間中にうちでごはんを食べるときは、鍋やカレーといった万能料理でごまかしてきました。しかしその手ももう限界だ。一緒に暮らすということは、毎日一緒に食べて生きていく、ということなのですから。
それにしても、わたしはまたしても腑に落ちません。料理は女がするものであるという、古くから脈々と続く役割の押し付けに。ごはんを作るというのはものすごい手間です。労働です。買い物に行き、食材を選び、重い荷物を持って帰り、頭を捻って献立を考え、調理し、後片付けする。これが仕事なら、一食につき5000円はもらわないと割に合わない。彼氏はなんならわたしより料理センスありげなのですが、登板頻度でいうとだいぶ少なく、どうも料理に関して「自分はスタメンではなく補欠。むしろ監督」くらいの心持ちでいる模様。“お料理がんばらなければ同調圧力〞で押し潰されそうなわたしに対して、ノーダメージな彼氏が憎い。しかし腹は減るので、クックパッドを開いて悲しい気持ちで包丁を握るのでした。
〈ちなみにこのエッセイから10年が経った現在、わたしはほとんど料理をしていません。性別役割分業ではなく「向き不向き」で家庭内の役割をこなそうと論陣を張って一人ウーマンリブを繰り返した結果、「やらなくていい」という地位を獲得しました。しかし、同棲初期に嫌々ながらも料理に励んだことで、料理スキルがそこそこレベルアップしたのはよかったなぁと思います。料理がまったくできないのは普通に不便なので。不便というか、生存に関わることなので!〉
〈「自分の名前の漢字、間違えてるよ」運転免許更新センターで足を止められ…結婚で改姓した小説家に起きた“まさかの悲劇”〉へ続く
(山内 マリコ/Webオリジナル(外部転載))
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