【論説】日本人「若者が悪い」「老人が悪い」「男が悪い」「女が悪い」「政治家が悪い」「国民が悪い」…常に誰かのせいにして自分は責任取らない
【論説】日本人「若者が悪い」「老人が悪い」「男が悪い」「女が悪い」「政治家が悪い」「国民が悪い」…常に誰かのせいにして自分は責任取らない
日本には「価値は有限でしかありえない」という誤った観念が普及した。
資本主義と国際化と不換紙幣制度が出会ってまだ半世紀である。この半世紀で、人類は初めて通貨の価値が国際的に極端に変動する社会を経験した。その結果として、手段であるはずの金銭の価値に過度に振り回されるようになった。国際政治によってつい最近まで円高・デフレ誘導されてきた日本はなおさらである。
価値は有限だとする思い込みが流行するとともに、「価値を誰かから上手に奪い取る技術」を売り歩く人々が跋扈した。いかにして価値を掠め取ったかを自慢するだけの書物が街に溢れた。多くの人は経営の概念を誤解し経営を敵視するようになった。そうするうちに本来の経営の概念は狡知の概念と入れ替わってしまった。
もし価値が一定で有限ならば、誰かが価値あるものを得ているのは別の誰かから奪っている以外にありえない。善人対しても「我々に気づかせないほど巧妙に、我々の価値を奪っているのでは」という疑念がよぎることになる。
こうした誤った推論により、日本の現状を誰かのせいにする言説が流行した。若者が悪い、高齢者が悪い、男性が悪い、女性が悪い、労働者が悪い、資本家が悪い、政治家が悪い、国民が悪い……。現代では誰もが対立を煽る言葉に右往左往している。
自己責任論という名の、責任回避の詐術に全ての人が疲弊させられてきた。誰もが別の誰かのせいにし、自ら責任を取る人はどこにもいないかのようだ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7423346ea3098046630e157c086c16908b332950
引用元: ・【論説】日本人「若者が悪い」「老人が悪い」「男が悪い」「女が悪い」「政治家が悪い」「国民が悪い」…常に誰かのせいにして自分は責任取らない