『山の上ホテル』文豪川端や三島が愛したホテルの営業最終日、別れ惜しむ

『山の上ホテル』文豪川端や三島が愛したホテルの営業最終日、別れ惜しむ

山の上ホテル(やまのうえホテル、Hilltop Hotel)は、東京都千代田区神田駿河台にあるホテル(クラシックホテル)。ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の本館の建物は千代田区景観まちづくり重要物件に指定されている。 ホテルは1954年(昭和29年)の開業で、表通りからは奥まった神田駿河台の高台に位置している。…
17キロバイト (2,118 語) – 2024年2月5日 (月) 21:31

(出典 newsdig.ismcdn.jp)
山の上ホテルが営業を終えると聞いて、私の心が少し痛みました。これまで数多くの文豪たちがここで作品を生み出し、その影響力は計り知れないものがあります。このホテルがなければ、彼らの素晴らしい作品を読む機会もなかったかもしれません。本当に貴重な場所だったので、惜しいです。

1 征夷大将軍 ★ :2024/02/12(月) 20:13:00.30 ID:I9gwS0ee9.net

日本経済新聞2024年2月12日 19:15更新
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE121S80S4A210C2000000/

川端康成や三島由紀夫、池波正太郎ら名だたる文豪が愛し、定宿としてきた東京都千代田区の「山の上ホテル」が、12日の営業を最後に休業する。建物の老朽化が理由で再開時期は未定。最終日の同日は、ロビーやレストランを訪れ、別れを惜しむ人の姿が見られた。

東京都内の男性(77)は「日常の騒がしさを離れた環境とおもてなしで、作家の能力が開花したのかも」と思いをはせた。

1954年にホテルとして創業。出版社が多い神田神保町に近いこともあり、作家に執筆に集中してもらう「缶詰め」の現場として度々使われた。創業当時からロビーは原稿を待つ編集者らであふれていたという。

アールデコ様式の建物は、石炭商の依頼で米国出身の建築家のボーリズが設計し、37年に建てられた。クラシックな雰囲気と静かな環境を気に入った三島は、こんな言葉を手紙にしたため、ホテルに贈った。「ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」

食通だった池波は館内レストランの天丼をよくルームサービスで注文したという。ロビーには池波が描いた絵が飾られ、ライティングデスクや辞書など文豪ゆかりの品々も置かれていた。

2023年11月24日に亡くなった直木賞作家の伊集院静さんも20年以上前から定宿にし、取材場所に指定することも多かった。同ホテル営業部次長の峯松泰広さんは「出版関係の方々とお酒を飲みながら、ご自宅のようにくつろいで過ごされていました」と懐かしんだ。〔共同〕

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