【経済】このままでは日本の伝統的企業が海外に買われていく…円安が止まらない日本を待ち受ける”最悪のシナリオ”

【経済】このままでは日本の伝統的企業が海外に買われていく…円安が止まらない日本を待ち受ける”最悪のシナリオ”

円安が進むと、日本の技術やノウハウが海外に流出してしまう恐れもありますね。

■為替介入と見られる円買いが繰り返された

大型連休中で日本人参加者がほぼいない市場で、政府・日銀による為替介入と見られる大量の円買いが繰り返された。瞬間的に1ドル=160円を付けたドル円相場は、介入によって1ドル=153円台まで押し戻された。為替介入は、そろそろ相場の方向性が変わるのではないか、と市場参加者が思っていたタイミングでは効果を発揮するとされるが、日米の経済環境に大きな変化はない。そうした中でいつまで介入効果を保てるのか。為替介入のドル原資が無尽蔵にあるわけでもない。介入効果が切れれば再び円安に動き出すことになりかねない。

ドル円相場は「34年ぶりの円安」水準だと報じられている。だが、実際にはドル自身も劣化が進んでおり、34年前の1ドルの価値は今の価値とはまったく違う。しばしば「円の実力」を見るうえで使われる「実質実効為替レート」(2020年を100とした指数)は、算出が始まった1970年の75.09を大きく下回り、2024年2月には70.79を付けた。1970年のドル円レートは1ドル=360円。今やそれを日本円の実力は下回っているということになる。

この指数で円が最も強かったのは、1995年4月の194.15。当時の為替レートは1ドル=79円75銭だった。指数で単純に見ると、194.15から70.79まで64%も下落している。ほぼ3分の1ということだ。

■株価はマイナスになっていると見ることもできる

それだけ円が「劣化」しているのだ。大型連休で海外に出かけた旅行者が異口同音に言うのは物価の高さ。ハンバーガーが3000円といった値段になり、支払いの時に日本円に換算して考えるのは止めたという声も聞く。世界的なインフレによる物価上昇もあるが、それにもかかわらず大幅な円安が続いていることが圧倒的に大きい。日本円の価値の劣化は深刻だ。

一方で株や土地、貴金属など資産価格は大幅に上昇している。日経平均株価は3月末には4万円に乗せ、一時3万7000円台まで調整したが、再び3万8000円に戻してきた。だが、本連載でも何度か紹介しているように、日経平均株価を円建ての金の小売価格で割った指数、つまり金建ての日経平均を見ると、岸田内閣発足時を100として、4月30日は73.1。日経平均が100から135に上昇しているのとは全く違った姿が見えている。株価の上昇は岸田内閣発足時以来の円の劣化で説明がつくどころか、実態はむしろ大幅なマイナスになっていると見ることもできるのだ。

外国人がせっせと日本株を買っているのも、円安によってドル建てなどで割安感が強いからに他ならない。価格がうなぎ登りの高級マンションも、宝石や高級時計が大幅に値上がりしているのも、円が劣化しているために、日本円建ての価格が猛烈に上昇して見えるだけ、とも言えるのだ。

■政府は円安政策を意図的に進めているように見える

では、今後、円安はどこまで進むのか。

どうも政府は円安政策を意図的に進めているように見える。政府・日銀が円買い介入をしたのもスピードが速いことへの牽制で、円高方向に持っていくつもりはないようだ。実際、日銀はマイナス金利政策から脱却すると言いながら、長期金利の上昇を抑えるために金融緩和を実質的に継続している。政府も円安になれば輸出企業を中心に業績が上がり、それが賃上げにつながって経済好循環が始まると考えているのだろう。やはり「円安はプラス」でデフレ脱却には円安政策を続けるしかないと本音では考えているのではないか。円安で輸入物価が上がれば、国民生活は苦しくなり、消費も落ち込むことになるが、その前に賃上げが進めば、マイナスは克服できると考えているようだ。

岸田内閣の思惑とは裏腹に、今年3月まで実質賃金はマイナスが続いている。ガソリンや電気代への補助金など物価上昇を抑える財政支出を続けているが、これで日本の財政への信頼度が下がることになれば円安要因となり、輸入物価がさらに上昇するという悪循環に陥りかねない。円安が経済好循環のきっかけになるという政府の見立てが正しいのかどうかは予断を許さない。

■日本は「安い労働力」の国になりつつある

では、円安が続いた場合、何が起きるのか。

世界的に見て、日本の「ヒト・モノ・カネ」は、すでにバーゲンセール状態になりつつある。JNTO(日本政府観光局)の推計によると3月の訪日外客数は300万人を突破、月間として過去最多を記録した。コロナ前からの傾向では、3月より4月の方が観光客は多く、さらに7月が年間で最も多い。つまり、300万人という数は通過点に過ぎないということだ。

外国人が大挙して日本にやってくるのは何しろ「安い」から。円安によって日本国内のモノはアジアの都市部の価格よりも割安になっている。

一方で、「ヒト」の価格も下落している。つまり、人件費だ。政府は「最低賃金」の引き上げを急いでいる。最低賃金の全国加重平均は2021年10月の時給930円から、2023年10月には1004円まで8%引き上げられた。ところが、これをドル建てで換算してみたらどうなるか。2021年は為替レートが1ドル=111円で、2023年は149円だったから、ドル建てに換算した最低時給は8.38ドルから6.74ドルに20%近く下落したことになる。そうでなくても日本の最低賃金は主要先進国に比べて大幅に低いとされているので、日本はまさに「安い労働力」の国になりつつある。しかも、労働者としての熟練度は高いから世界で活躍する企業にとって、日本の労働者は超割安ということになる。

■円安は人材の流出に拍車をかけることになりかねない

台湾の半導体大手TSMCが熊本・菊陽町に工場を建設したが、日本政府の巨額の補助金はもとより、日本の熟練度の高い人材を安く使えることが大きな要因になっている。TSMCの高卒や大卒新人の給与は熊本の平均を大幅に上回っており、優秀な人材はすべてTSMCに行ってしまうというボヤキが熊本の中小企業経営者から聞かれる。周囲のパート・アルバイトの時給も大幅に上昇した。それでも国際水準からすればまだまだ安い、ということになる。しかもさらに円安が進めば、人件費コストはさらに低下する。

東大卒など日本の優秀な若者が、財務省や日本の伝統的な一流企業ではなく外資系コンサルティング会社にこぞって就職するようになって久しい。就職する学生からすれば、日本の伝統的大企業に比べてはるかに高い初任給を得られることが大きな要因だが、外資系企業側からすれば、円安によって優秀な人材が国際水準よりもはるかに安い賃金で雇用できている。まさに「ヒト」もバーゲンセール状態なのだ。優秀な人材ほど日本で働いて「円」を稼ぐのではなく、「ドル」が稼げる海外に行く。円安はまさに人材の流出に拍車をかけることになりかねない。

■日本株が本格的に下落した場合の最悪シナリオ

「カネ」も言うに及ばない。円が安くなることを懸念して、ドル建ての預金や外国株式に投資する人が増えている。政府が旗を振る新NISAでも結局は外貨建て投資が幅を利かせている。外貨投資が増えれば、これも当面は円安を加速させる。

さらに懸念されるのは、日本の株価が本格的に下落した場合だ。政府の円安政策が失敗に終わり、消費が大きく落ち込むことなどで、日本企業の業績が悪化に転じた場合、円安で通貨が劣化しているにもかかわらず、日本株が下落する可能性もある。海外での事業展開が進んでいる企業は「ドル」を稼ぐことができるが、日本市場が事業の中心である企業は劣化を続ける「円」でしか稼げず、しかも需要の低下から販売数量も落ち込み始めることになりかねない。そうなると、円安にもかかわらず株価が下落し始め、「企業」も今以上のバーゲンセールになりかねない。人材や資産を抱える伝統的企業ほど買収ターゲットになるかもしれない。

壊滅的な円安になれば、日本のヒト・モノ・カネ・企業が軒並み海外に買われていく。そろそろ円安を本気で止めないと、そんな最悪のシナリオが待っている。

デフレインフレの大きな違いは、デフレは何も行動しなくても物価が下がれば実質購買力が上がって一見豊かになる。一方、インフレでは仮に金融資産を手元に持っていても、何も行動しなければどんどん目減りし、明らかに生活が苦しくなる。四半世紀にわたるデフレの中で、危機感を持たず行動しなくなった「茹でガエル」の結果が、今の円安の根本原因かもしれない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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乱高下した円相場を示すモニター=2024年5月2日午前、東京都千代田区 – 写真=時事通信フォト

(出典 news.nicovideo.jp)

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