【社会】日本の「防衛最前線」では何が起こっているのか? 映画『戦雲』が映し出す南西諸島住民たちのリアル

【社会】日本の「防衛最前線」では何が起こっているのか? 映画『戦雲』が映し出す南西諸島住民たちのリアル

普段はあまり報道されない防衛最前線の実態を知ることができる映画ということで、日本の防衛体制について考えさせられる内容だと感じました。

台湾に最も近い日本最西端の島・与那国島。2016年に自衛隊の駐屯地ができ、2022年には戦車、2023年には地対空誘導弾PAC3が運び込まれ、巨大な軍港計画も進行中。要塞化が進んでいるものの、政府から1700人の島民への説明はずさんで、有事の避難計画も現実離れしていると非難されている
台湾に最も近い日本最西端の島・与那国島。2016年に自衛隊の駐屯地ができ、2022年には戦車、2023年には地対空誘導弾PAC3が運び込まれ、巨大な軍港計画も進行中。要塞化が進んでいるものの、政府から1700人の島民への説明はずさんで、有事の避難計画も現実離れしていると非難されている

九州南端から奄美大島沖縄本島、台湾北東の与那国島を含む先島諸島まで、約1200㎞にわたり点在する南西諸島。そこには今、次々と自衛隊駐屯地やミサイル、弾薬庫が配備されつつある。

約160万人が暮らす島々で、今いったい何が起こっているのか。カメラを手に現地取材を続ける映画作家に、「要塞化」する島々の現実を聞いた。

【写真】与那国島に運び込まれた「16式機動戦闘車」

■「国防」のために奪われた権利

国内にある米軍関連施設の7割が集中する沖縄県の広さは、国土の1%にも満たない。太平洋戦争末期、沖縄本島本土決戦までの時間を稼ぐための”盾”となり、10代半ばの少年少女までが徴用され、県民の4人に1人が約2ヵ月に及ぶ激しい地上戦の犠牲となった。

来年には戦後80年を迎える現在も、アメリカに主導された国防の負担の大部分が沖縄に背負わされる構図は変わっていない。

しかし、その沖縄を含む南西諸島には今、また別の「戦時」が到来しつつある。2016年に与那国島陸上自衛隊駐屯地が設置されたことを皮切りに、島々には部隊や駐屯地、そしてミサイルなどの弾薬が次々と配備されている。

しかもこの「要塞化」は、地域住民の十分な同意を取りつけないまま進められている。与那国島では町議会に一切知らされずにミサイル基地増設が決まり、石垣島ではミサイル基地配備についての住民投票を求める署名が条例の定める有権者の4分の1を大きく超えたにもかかわらず、住民投票条例の項目自体が市議会で削除された。

与那国島に運び込まれた「16式機動戦闘車」。主に離島防衛を想定して200台余りが準備されている
与那国島に運び込まれた「16式機動戦闘車」。主に離島防衛を想定して200台余りが準備されている

こうした問題の報道は、例えば普天間基地の辺野古移転を巡るそれと比べても、かなり小さい。

テレビ局のキャスター時代から沖縄についてのドキュメンタリーを撮り続け、12年にオスプレイが強行配備された高江(国頭郡東村[くにがみぐんひがしそん])での住民反対運動を追った映画『標的の村』で19の映画賞を受賞した三上智恵(ちえ)監督は、「基地問題」という大きなくくりの中で隠れてしまう問題があることに、自責と無力感を感じているという。

基地問題を『アメリカの横暴に沖縄県民が虐げられている』という構図にしてしまうと、見えなくなるものがあります。

46都道府県に与えられている人権や財産権などの権利が、『国防』の名の下に沖縄には与えられず、むしろ今も奪われ続けているという現実です。私も含めて『米軍に虐げられる沖縄』と報道するだけでは弱かった。現実の半分も伝えられていなかったのだと痛感しています」

ジャーナリスト、映画監督・三上智恵氏
ジャーナリスト、映画監督・三上智恵氏

8年に及ぶ取材をまとめた新作映画『戦雲(いくさふむ)』。その撮影日誌となる同名の著書には「国防を理由に島の生活がねじ曲げられ、悲鳴を上げる人たちを撮影し話を聞く行為は、ひたすらつらく、自分の無力さを責める時間でもあった」と記されている。

どれだけカメラを回しても、高江も辺野古も、南西諸島の状況も何も変わらない。「何がしたいの? まだ何かできると自分を買いかぶっているのか」と問いかける心中の声にさいなまれながら、製作費や公開のあてもなく、現地に通う日々だったという。

三上智恵著『戦雲(いくさふむ) 要塞化する沖縄、島々の記録』(集英社新書)。映画『戦雲』の撮影日誌を基に書籍化したもの。映画では描かれないエピソードも多数収録
三上智恵著『戦雲(いくさふむ) 要塞化する沖縄、島々の記録』(集英社新書)。映画『戦雲』の撮影日誌を基に書籍化したもの。映画では描かれないエピソードも多数収録

■黙殺する者と黙殺される者

日米両国が南西諸島の軍備増強を進める背景には、この海域にさまざまな手段で進出する姿勢を示し続ける中国の存在がある。とりわけ「台湾有事」への懸念は強い。自治体や住民をダマすような手法で配備が進められても報道の量が増えないのは、有事の現実味が増しているからともいえるだろう。

しかしそれは、有事にこの島々が真っ先に標的になることへの黙認も意味する。映画では、戦闘時には島々を転戦しながら中国軍の侵攻を食い止める日米両国の作戦も明らかにされている。南西諸島が地上戦の場となることは、もはや戦略の前提となっているのだ。

ある子連れの女性は、宮古島駐屯地に向かって「『多少の犠牲はしょうがないさー』の『多少』の中に、私たちが入ってるよね?」とメガホンで問いかける。問われているのは自衛隊や国だけではなく、日本国民全員だ。

「自分の所属する群れが生き延びるためには、多少の犠牲は仕方ないという残酷な感覚が、私や沖縄県民も含む日本人の中にあると思うんです。『多少の犠牲』が上げる声は、常に圧殺され黙殺されてきました。

これまでは沖縄だけだったかもしれないけど、軍事費がこれだけ増えている中、ほかの場所で起こらないと考えるのは無理がある。自分に困り事があって声を上げても、『しょうがない』と黙殺される社会に生きているという現実はすごく恐ろしい」

2023年9月、アメリカ海軍の掃海艦が市民の反対をよそに石垣港に入港した。島々の空港と港湾の軍事利用が加速している
2023年9月、アメリカ海軍の掃海艦が市民の反対をよそに石垣港に入港した。島々の空港と港湾の軍事利用が加速している

沖縄本島よりもむしろ台湾への距離が近い与那国島石垣島を含む先島諸島。この島々が要塞化されることについて、沖縄県民が総意で反対しているわけではない。かつて琉球王国が先島諸島に課した「人頭税」は苛烈を極めたが、今も沖縄本島から先島への差別意識は残っており、島々で起こる問題が軽視される傾向もある。

日本が沖縄を「しょうがない」と切り捨ててきたように、わが身の困難に苦しむ沖縄もまた、先島には無関心になりがちなのだ。

「沖縄に移住して30年、地域愛は人一倍強いつもりですが、沖縄だけが被害者であるかのような物言いには、違和感を持っています。あらゆる問題で黙殺する側と黙殺される側がいて、黙殺された人が別の誰かを黙殺することもある。

辺野古や高江を取材しても何も変えられなかったし、これからも変えられないかもしれない。それでも黙殺される人々が上げる声に『耳を貸してください』と一緒に声を上げるしかない。今はそう思っています」

■皆の目が戦雲で曇ってしまう前に

基地問題を扱ったこれまでの映像に比べてこの映画が印象的なのは、住民への説明責任を果たそうと努力し、島々の暮らしや文化に溶け込もうと努める自衛隊員たちの姿だ。

与那国島での意見交換会で「法的には有事の際に自衛隊は島民を守れないはずだ」と町の職員を問い詰める住民に対して、「それはありません。それだけは明確に」と約束する隊長の目は、嘘を言っているようには見えない。

「彼が暑い中、島の神事でじっと手を合わせている姿なども見ていますし、その誠意は疑いません。ただ、彼らが認識している防衛計画と、私たちジャーナリストがつかんでいる情報はかなり違います。

沖縄戦の歴史を調べてきた私は、信念を戦況の悪化で捨てなければならない軍人の悲しさも、よく知っているつもりです。何か起これば彼らが真っ先に戦死する前提の作戦内容を知れば知るほど、彼らの姿もしっかり映さなければいけない、と思っていました」

住民たちも決して一枚岩ではない。「選挙で革新に入れたことなんてなかった」という人々もいれば、有事に自分たちを守ってくれる存在として駐屯地の設置に賛成している人もいる。

豊漁と安全を祈願するハーリー(海神祭)では、自衛隊員もチームの一員として共に船を漕ぎ、ライバルたちとしのぎを削り、酒を酌み交わす。このように自衛隊員と交流しながらも「ミサイルや弾薬庫は話が別だ」と言う人も多い。

与那国島で行なわれている伝統漁船による競漕の祭り「ハーリー(海神祭)」の様子。島民に交じって漕ぎ手として参加している自衛隊員もいる
与那国島で行なわれている伝統漁船による競漕の祭り「ハーリー(海神祭)」の様子。島民に交じって漕ぎ手として参加している自衛隊員もいる

また、与那国島の肉牛をブランド化するために「ミサイル牛」と名づけるのはどうかと、あえて冗談を飛ばす人も登場する。ひとつの島、ひとりの個人であれ、当然だがさまざまな意見や立場、感情を内包しているのだ。

映画は石垣島の於茂登岳(おもとだけ)に垂れ込める暗雲を背景に、「いのちと暮らしを守るオバーたちの会」の山里節子さんが八重山地方の代表的な民謡『とぅばらーま』に自作の詞を乗せて歌うシーンで始まる。

「いくさふむぬ まだん ばぐィでーくィそー(戦雲が また 湧き出てくるよ)」

太平洋戦争で家族の半分を失った節子さんは、石垣島での反基地運動の象徴的存在だ。辺野古座り込みでは警備隊から座ったまま持ち上げられ排除される「ごぼう抜き」も経験している。

2023年3月、住民投票を求める声を無視して石垣駐屯地が開設。山里節子さんは、作品中で駐屯地の入り口で自衛隊員ひとりひとりの目を見ながら語りかける。「車両が通ります。道を開けてください」という自衛隊員の言葉に「道はいつでも開いている。平和な道をふさいだのはあなたたちじゃない!」と答えた
2023年3月、住民投票を求める声を無視して石垣駐屯地が開設。山里節子さんは、作品中で駐屯地の入り口で自衛隊員ひとりひとりの目を見ながら語りかける。「車両が通ります。道を開けてください」という自衛隊員の言葉に「道はいつでも開いている。平和な道をふさいだのはあなたたちじゃない!」と答えた

映画内で、節子さんは駐屯地入り口で警備に立つ自衛隊に語りかける。「あなたたちも本意じゃないでしょう?」「あなたたちっていうよりも、防衛省や組織に対して言いたいわけ」。隊員たちは答えない。

しかし、交代を促されてもそこにとどまり、節子さんの訴えを正面から受け止めようとする彼らの目は、辺野古ごぼう抜きをする機動隊員や無表情の防衛局員のように、感情を殺しきった色をしてはいない。ここにあるのは、正義と悪とで二分される状況ではないのだ。

「映画を見て、まずはモヤモヤしてほしいと思っています。わかりやすい敵も、一気に解決できる策もない。だからこそモヤモヤしてほしいんです。その先にしか湧いてくる戦雲を食い止める道はありません。島民たちの明るさやたくましさに、雲を晴らすイメージを重ねてほしいと願っています」

●ジャーナリスト、映画監督・三上智恵(みかみ・ちえ)
毎日放送琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画『標的の村』(2013年)でキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位ほか19の賞を受賞。フリーに転身後、映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』(15年)、『標的の島 風(かじ)かたか』(17年)を発表。続く映画『沖縄スパイ戦史』(大矢英代との共同監督作品、18年)は、文化庁映画賞ほか8つの賞を受賞。著書に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書、第7回城山三郎賞ほか3賞受賞)、『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(共に大月書店)などがある

■三上智恵監督『戦雲』
ポレポレ東中野(東京)、シネマジャック&ベティ(神奈川)、第七藝術劇場(大阪)ほかで上映中、3月23日(土)より桜坂劇場(沖縄)ほか全国順次公開
三上智恵監督『戦雲』
三上智恵監督『戦雲』

取材・文/柳瀬 徹 撮影/村上宗一郎(三上氏) ©2024『戦雲』製作委員会

台湾に最も近い日本最西端の島・与那国島。2016年に自衛隊の駐屯地ができ、2022年には戦車、2023年には地対空誘導弾PAC3が運び込まれ、巨大な軍港計画も進行中。要塞化が進んでいるものの、政府から1700人の島民への説明はずさんで、有事の避難計画も現実離れしていると非難されている

(出典 news.nicovideo.jp)

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