【社会】”もしトラ”で台湾有事となれば「米国は台湾を見捨てる」のか…外交のプロが懸念する”トランプ氏の理解度”
【社会】”もしトラ”で台湾有事となれば「米国は台湾を見捨てる」のか…外交のプロが懸念する”トランプ氏の理解度”
※本稿は、宮家邦彦『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■中国の台湾政策は強硬化している
気になるのが、第二期トランプ政権の台湾有事に関する対応だ。2024年3月の中国全国人民代表大会で中国は台湾に関する「文言を強化」した。国務院総理の政府活動報告では「統一の理念を断固として推し進める」とされ、「平和的統一」としていた従来の表現を修正したとも報じられた。
「平和的」という表現を削除するのは昔もあったことで過大評価すべきではないかもしれない。他方、別の報告では「『台湾独立』を目指す分離主義的な活動や外部からの干渉に断固として反対する」との表現も使われたとも報じられた。総じて、中国の台湾政策は、8年前と比べ、より強硬なものになりつつあると見てよいだろう。
中国の言う「平和的統一」とは台湾が中国のシステムを受け入れる、ということ。だが、いまや台湾は人びとが自由を謳歌し、日本よりも政権交代の多い民主主義システムだ。民主主義を具現する人たちが中国大陸のやり方を受け入れるとは思えない。しかも、彼らは香港やウイグル、チベットで起きていることを知っている。
■米国のいわゆる「曖昧戦略」の有効性
されば、中国の言う「統一」はどうしても武力に頼らざるをえない。だが、そんなことをすれば、中国経済は終わる。経済制裁が発動され、石油も止められるだろう。苦しい中国経済の立て直しに注力すべきときに、台湾に侵攻する余裕などあるのか。しかも、軍内部では不正汚職の噂が絶えないという。合理的判断を優先すれば、台湾侵攻の抑止は可能だ。
それよりも筆者が懸念するのは、台湾に対する米国のいわゆる「曖昧戦略」の有効性であり、とくに気になるのは、東アジアではなく、ワシントンでの議論だ。日本ではあまり注目されていないが、過去数年間、地域の安全保障を左右しかねない超党派の議論が米国の首都で起きている。論点はズバリ、対台湾「曖昧戦略」を「見直すべし」という議論だ。
議論の口火を切ったのは、2020年9月2日に『フォーリン・アフェアーズ』誌で「米国は台湾を防衛する意図を明確にせよ」と題する小論を書いたリチャード・ハース米外交問題評議会名誉会長だ。かつて国務省政策企画局長を務めた政策のプロでもある。このハース論文が現行の「曖昧戦略」を180度転換するよう求めている。同論文の要旨は次のとおりだ。
■曖昧戦略では中国を抑止できないのか
・台湾を防衛する「意図を明確にする」方針変更は「一つの中国」政策の枠内で可能であり、むしろ米中関係を強化する。
・中国の軍事的優位は明らかで、中国の行動を待って米国が態度を決めるのでは遅すぎる。
・中国が台湾統一に動いた場合、万一、米国が台湾を守らなければ、日韓は「米国に頼れない」と判断する。そうなれば、両国は対中接近か核武装を選択しかねず、いずれも次の戦争の原因になる。よって、曖昧戦略は地域の現状維持に資さない。
同論文発表から1年後の2021年10月11日、今度はバージニア州選出のエレイン・ルーリア民主党下院議員が米『ワシントン・ポスト』紙に「米議会は台湾に関しバイデンの制約を解くべし」と題する小論を掲載した。元米海軍中佐でもある同議員の台湾防衛に関する主張は次のとおり、じつに率直、大胆かつ明解である。
・現行の戦争権限法と台湾関係法は大統領に台湾を防衛する権限を与えていない。
・大統領は中国の台湾侵攻を撃退し、全面戦争を抑止すべく迅速に対応する権限を持たない。
・「台湾侵攻回避法案」により、大統領に台湾を防衛する権限を与えるべきである。
・同法案は、大統領に台湾介入を義務付けず、「一つの中国」政策を変えるものでもない。
■見直しを求める声は続いている
米大統領は現行法上、中国のグレーゾーン戦術、ハイブリッド戦などによる台湾侵攻戦略に適切に対応する権限がない。ルーリア議員は「曖昧戦略を変更せよ」とまでは言っていないが、少なくとも「台湾を防衛する」意図を米国政府がこれまで以上に「明確」にすることは求めているのだ。
米海軍の元軍人で下院軍事委員会の副委員長であったルーリア議員が寄稿した意味は決して小さくない。その後もこの種の「曖昧戦略」見直しを求める声は続いており、同様の主張はいま米議会内でも静かに、かつ超党派で増殖しつつあるように思える。しかし、だからといって、近い将来こうした主張が米国の台湾政策の主流になるとは思わない。
■トランプは「曖昧戦略」を理解しているか
米国政府はこれまで、中国が台湾に侵攻した場合、米国がいかに対応するかを明確にしない「曖昧戦略」を採ってきた。1972年のニクソン訪中以来、歴代米国政権がこの「曖昧戦略」によって、①中国の台湾侵攻、②台湾の独立宣言、を同時に抑止し、東アジアの現状を維持してきたことも否定できない。トランプ氏はこのことをどの程度理解しているだろうか。
米国のアジア専門家、とくに中国専門家の主流はこれまで台湾に関する「曖昧戦略」を強く支持してきたが、彼らの議論には一理も二理もある。1972年にヘンリー・キッシンジャー氏が考案して以来、米国政府が採ってきたこの伝統的政策はそれなりに機能してきたからだ。続いて、「曖昧戦略」のどこが悪いのかと反論する彼らの議論を紹介しよう。
■「曖昧戦略」と「明確戦略」の最大の違い
・「曖昧戦略」が中台双方に対する米国の影響力を最大化する。このことは、ブッシュ政権時代の陳水扁政権との関係から明らかである。陳水扁政権は台湾独立を志向したが、米国はこれを抑えた。
・「明確戦略」を採用し、米国の支持を得た台湾の民進党が「台湾独立」を決断すれば、いったいどうするのか。
・米国が「明確戦略」を採れば、中国は台湾に対する非軍事的圧力を強める。
・そうなれば、中国は米軍が介入する前に、台湾を屈服させようとするだけである。
以上の主張には一貫性がある。しかし、中国の軍事能力の大幅な向上という新たな状況に対応できるのか、対中抑止にはいまやあまり効果がないのではないか、という問いには答えられない。「曖昧戦略」と「明確戦略」の最大の違いは、前者が「中国の目的は台湾独立阻止」だと考えるのに対し、後者は「中国は本気で台湾を併合する」という前提に立つことだ。
■「曖昧戦略」を簡単に転換してはいけない
筆者の知る限り、トランプ氏が過去に「米国による台湾防衛」の可能性について言及したことは一度もない。あれだけ饒舌なトランプ氏が一言も喋らないのに対し、現職のバイデン大統領が、失言か、意図的か、認知症によるものかは別として、何度も「台湾を防衛する」と公言していることとはあまりに対照的である。
筆者がこの点にこだわるのは、台湾有事の際の米国の行動の有無およびその態様は、日本の国家安全保障を左右する重要な要素だからだ。その意味でも、トランプ氏が、少なくともこの問題の微妙かつ流動的な本質を正確に理解するか否かは、将来のインド太平洋地域の同盟ネットワークの将来を左右しかねない大問題だと考える。
最後に、筆者の見立てを書いておく。巷には「有事となれば、トランプ氏は台湾を見捨てる」といった悲観論もあるが、こればかりは起きてみないとわからない。いまはトランプ氏に以下の論点を正しく理解してもらい、台湾有事の際に間違った判断を下さないよう祈るしかない。それにしても、こんなややこしい説明をトランプ氏は理解できるだろうか。
■曖昧さによる抑止はこれまでそれなりに機能してきた
・米国が曖昧戦略を一方的に放棄すれば、1972年の米中国交正常化および日中国交正常化の前提、すなわち日米中は「台湾問題」の最終的解決を急がないという暗黙の了解そのものを否定する。これに対し中国は、台湾問題を平和的に解決するとの約束を公然と反故にする口実を得るため、台湾の安全はむしろ害されることになる。
・逆に、米国が台湾を防衛しなければ、東アジアの同盟国からの信頼は失われる。他方、同盟国側は米国に代わって台湾を防衛する義務まで負う気はない。米国の戦略的曖昧さが続く限り、同盟国が台湾問題に巻き込まれる可能性は低いので、米国の曖昧戦略は同盟国にとっても利益となっている。
・曖昧さによる抑止はこれまでそれなりに機能してきた。仮にこの戦略を転換するなら、曖昧戦略に代わる新たな台湾「抑止」メカニズムを、中国側の了解を得たうえで構築しなければならない。新たな抑止メカニズムを欠くいかなる政策変更も成功せず、逆に米国は台湾防衛という実行困難な「レッドライン」の罠にはまることになる。
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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1953年神奈川県生まれ。78年東京大学法学部卒業後、外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館一等書記官、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2006年10月~07年9月、総理公邸連絡調整官。09年4月より現職。立命館大学客員教授、中東調査会顧問、外交政策研究所代表、内閣官房参与(外交)。
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